日本の生業と、世界の似たサービス > 醤油職人(醤油蔵の蔵人・杜氏)
起源は鎌倉時代の紀州湯浅(金山寺味噌の製法から溜まりが生まれたとされる)。「醤油」の呼称は室町時代末期の文献に現れ、江戸時代に全国へ広まった。
| 日本|醤油職人(醤油蔵の蔵人・杜氏) | 世界|イタリアのバルサミコ酢職人(アチェタイア、モデナ/レッジョ・エミリア) | |
|---|---|---|
| アプローチ | 蒸した大豆と炒った小麦に麹菌を植えて「醤油麹」を作り、食塩水と合わせた「もろみ」を木桶等で半年〜数年かけてゆっくり発酵・熟成させてから搾る | ぶどうの果汁を煮詰めた「モスト」を、栗・桜・杜松等、大きさと木の種類が異なる樽へ数年ごとに順に移し替えながら、蒸発によって何年もかけて凝縮させる |
| 使う道具(日本側) | 麹蓋・麹室、もろみタンク、木桶(きおけ)、酒袋・圧搾機(槽/ふね) | |
| 使う素材(日本側) | 大豆、小麦、麹菌、食塩水 | |
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=東南アジアの魚醤職人(ベトナムのヌクマム、タイのナンプラー)。魚介を塩蔵・発酵させて作る液体調味料で、原料は動物性、日本の醤油は植物性(大豆)という点が異なる。
日本は高温多湿でコウジカビの繁殖に向き、大豆・小麦・米という原料も豊富だった。モデナ地方は寒暖差の大きい気候が木樽内での緩やかな蒸発・凝縮に向き、ぶどうが豊富だったため、同じ「木の樽で発酵・熟成させる」発想でも原料と時間軸が異なる調味料に分かれた。
| 事業者数(現在) | 1,141 |
|---|---|
| 事業者数(ピーク時) | 6,000 |
| ピークの年 | 昭和30年 |
| 統計の基準年 | 2019年 |
| 後継者不足度 | ★★★★★ |
| 統計の出典URL | https://www.shoyu.or.jp/wp-content/uploads/2022/08/e2508149503a88f027d531af87c97422.pdf |
出典=日本醤油協会「醤油業界の現状と課題」2021年7月PDF、1955年〜2019年、17点、単位=事業者数(17点。数値は出典の表記のままで、このサイトでは作っていません)。
木桶の中で棲みつく「蔵付き酵母」が生む複雑な香りと、蔵ごと・土地ごとに味が違うという醤油本来の個性、諸味を搾る匂いに満ちた蔵の風景。
事業者数の減少(1955年6,000→2019年1,141、約81%減)とコロナ禍による加速化懸念(日本醤油協会)。仕込み桶を大型ホーロー・ステンレスタンクに置き換える蔵が主流となり、木桶仕込みは全体の約1%に縮小したとされる。木桶そのものを作れる桶屋も減少しており、蔵元が連携してFoodexに共同出展する「木桶職人復活プロジェクト」に2025年時点で28社が参加。
数字はすべて、その場で出典の名前と取得日を添えています。確かめられなかったことは「確かめられなかった」と書いています。
日本醤油協会が2021年7月に公表した資料によれば、醤油醸造業の事業者数は1955年(昭和30年)の6,000から減り続け、2019年には1,141まで落ち込んでいる(日本醤油協会「醤油業界の現状と課題」、取得日2026-08-15)。64年でおよそ81%の減少にあたる。
一方、全国醤油工業協同組合連合会が公式サイトで示す数字は、これとは違う。「醤油業を営む事業者で組織された46協同組合と、2協同組合連合会で構成されています。組合傘下には、約1,200の企業が加入しています」(全国醤油工業協同組合連合会公式サイト「醤油情報センター」、取得日2026-08-15)とあり、いつの時点かの記載はない。1,141という数字が全事業者を数えたものであるのに対し、こちらは組合に加入している企業だけを数えたもので、数え方の前提が違う。どちらも組合公式の数字だが、単純に引き算をして比べることはできない。
同じ日本醤油協会の資料によれば、醤油の出荷数量は1973年のピーク時139万4,155キロリットルに対し、2020年には70万2,423キロリットルまで縮小している(同、取得日2026-08-15)。ピーク比でおよそ54%の水準である。事業者の数が減るのと同時に、造られる醤油そのものの量も減り続けていることになる。
資料によれば、醤油の起源は鎌倉時代の紀州湯浅にあるとされ、金山寺味噌の製法から「溜まり」が生まれたことが始まりとされる。「醤油」という呼び方自体は室町時代末期の文献に現れ、江戸時代に全国へ広まったとされる。
香川県小豆島のヤマロク醤油が公式サイトで公開している説明によれば、「現在木桶を使った天然醸造による醤油や味噌の生産量は全体の1%以下となってしまいました。当時、醸造用の木桶を製造する桶屋さんも残すところ『1社』のみとなりました」という(ヤマロク醤油公式サイト「木桶職人復活プロジェクト」、取得日2026-09-15)。理由として挙げられているのは、木桶による醸造はコストがかかり割に合わないという点である。
同じページによれば、2009年、ヤマロク醤油は借金をして最後に残った桶屋に新しい木桶を9本発注した。その時、桶屋から言われた言葉が「醤油屋から新桶の発注が来たのは戦後初だよ」というものだったという(同、取得日2026-09-15)。木桶の寿命はおよそ100〜150年とされるが、現在使われている醸造用の木桶の多くは戦前に作られたもので、このままではおよそ50年後にはほぼ全ての木桶が使えなくなる可能性があるという(同)。
2011年秋、ヤマロク醤油は「木桶職人復活プロジェクト」を立ち上げ、2012年1月には小豆島の同級生の大工たちと共に、最後に残った桶屋に弟子入りした。試行錯誤を重ね、自分たちの手による新桶が完成したのは2013年9月20日のことだったという(同、取得日2026-09-15)。このプロジェクトには、2025年時点で28社の蔵元が参加している。
醤油は、蒸した大豆と炒った小麦に麹菌を植えて「醤油麹」を作り、それを食塩水と合わせた「もろみ」を、木桶などで半年から数年かけてゆっくり発酵・熟成させてから搾って造られる。木桶仕込みの蔵では、桶を洗いすぎず、同じ蔵で長年使い続けた古い桶をあえて使い続けるという。桶に棲みつく「蔵付き酵母」という目に見えない微生物の働きを頼りに発酵を進めるためだという。もろみが立てる小さな泡の音が蔵の静けさの中に響き、攪拌のために棒を持ち上げると茶褐色のもろみが糸を引く。搾りの工程では、酒袋を積んだ槽(ふね)からじわりと醤油がにじみ出るという。
イタリア・モデナ地方のバルサミコ酢職人(アチェタイア)も、木の樽を使って原料をゆっくり熟成させるという点で醤油造りに近い。ただし造り方は違う。バルサミコ酢は、ぶどうの果汁を煮詰めた「モスト」を、栗・桜・杜松など大きさと木の種類が異なる樽へ数年ごとに移し替えながら、蒸発によって何年もかけて凝縮させる。日本は高温多湿な気候がコウジカビの繁殖に向き、大豆・小麦・米という原料も豊富だった。モデナ地方は寒暖差の大きい気候が木樽内での緩やかな蒸発・凝縮に向き、ぶどうが豊富だった。同じ「木の樽で時間をかける」という発想でも、気候と原料の違いが、まったく違う調味料を生んだことになる。
東南アジアの魚醤職人(ベトナムのヌクマム、タイのナンプラー)も、発酵によって液体の調味料をつくるという点では似ている。ただし原料が違う。魚醤は魚介を塩蔵・発酵させてつくる動物性の調味料であり、日本の醤油は大豆を原料とする植物性の調味料である点が異なる。
産地|千葉県野田市・銚子市/兵庫県たつの市(淡口醤油)/香川県小豆島町(醤の郷)(千葉県 兵庫県 香川県) 世界の対比先|欧州
English: Shoyu Brewer (Kuramoto) / Soy Sauce Craftsman(A shoyu brewer who ferments steamed soybeans and roasted wheat with koji mold, ages the mash for months to years in wooden barrels, and presses it into Japan's savory soy sauce.)