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将棋駒彫り師(天童)世界の似たサービス ─ 欧米のチェス駒職人(スタウントン型駒の木工旋盤・彫刻職人)

1831年(天保2年)、織田藩が藩庁を天童に移した際、家臣の内職として将棋駒づくりを奨励したのが始まり

共通の目的盤上遊戯に使う、手に馴染み駒の種別が識別できる駒(コマ/ピース)をつくる

やり方が、どう違うのか

日本|将棋駒彫り師(天童)世界|欧米のチェス駒職人(スタウントン型駒の木工旋盤・彫刻職人)
アプローチ旋盤で挽いた駒を種類ごとに異なる立体形状(キング・クイーン・ナイト等)に彫り分け、彩色で敵味方の2色に分ける。形そのもので種別と陣営を識別させる
使う道具(日本側)
使う素材(日本側)

⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。

もうひとつの世界の対比例=欧米のチェス駒産業(プラスチック射出成形によるスタウントン型駒の大量生産)

なぜ違いが生まれたのか

将棋は敵の駒を取って自分の駒として使い直せるルールのため、敵味方を色で固定できず文字と向きで区別する必要が生まれた。天童は織田藩が家臣の内職として将棋駒作りを奨励したことで産地化した。チェスは駒を取ったら盤外に排除する完全な相互破壊型のルールのため、形状と色で敵味方を固定的に分けられる

五感で味わう価値・職人のこだわり

もし消えたら、何が失われるのか

事業者数(現在)確認できていない
事業者数(ピーク時)—(未確認)
ピークの年—(未確認)
統計の基準年—(未確認)
後継者不足度★★★★☆
統計の出典URLhttps://www.city.tendo.yamagata.jp/tourism/shogi/tenndoutosyougikoma.pdf

失われるもの(数字にならないもの)

「書き師・彫り師・盛上げ師」の分業による将棋駒づくりと、1831年に織田藩が家臣の内職として奨励したことに始まる将棋駒産地の歴史

いま直面している問題

職人の高齢化・後継者不足、安価な海外製プラスチック駒との競合

出典

産地|山形県天童市(山形県) 世界の対比先|その他・分類なし

English: Tendo shogi koma artisan (Japanese chess piece maker)(A Tendo shogi koma artisan carves and lacquers wooden pentagonal pieces whose only distinguishing marks are hand-painted or raised-lacquer kanji characters, since captured pieces switch sides and cannot be told apart by color.)