日本の生業と、世界の似たサービス > 北山丸太師(北山丸太)
室町時代応永年間(1394〜1427年頃)
| 日本|北山丸太師(北山丸太) | 世界|北米の化粧丸太(ハンドピール材)職人(皮を剥ぎ乾燥・研磨して仕上げる、高級ログホームや別荘建築向けの丸太仕上げ工房) | |
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| アプローチ | 伐採後すぐに皮を剥ぎ、真夏の太陽で約1週間晒したのち水に浸して砂で丁寧に磨き上げ、白い木肌を実現する。植林後10年経過した苗の枝を3〜4年ごとに下から順次切り落とす『枝打ち』で幹の成長を制御し、均一な太さに仕上げる。室町時代応永年間(1394〜1427年頃)に北山杉が作られ始め、千利休が完成させた茶の湯文化を支える茶室・数寄屋建築の用材として頻繁に用いられるようになった | 北米の高級ログホーム建築では、伐採した丸太の皮をハンドピール(手作業での皮剥ぎ)で剥がし、乾燥・研磨して構造材兼意匠材として使う工法が発達しており、山小屋文化と結びついた『丸太そのものを見せる』建築様式を支えている |
| 使う道具(日本側) | 皮剥ぎ用の道具、磨き砂、枝打ち用の鋸 | |
| 使う素材(日本側) | 北山杉 | |
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=北欧の磨き丸太職人(フィンランド・スウェーデンの伝統的なログハウス建築で使われる、皮むき・乾燥仕上げの丸太材の産地)
京都は茶の湯という『簡素の中の洗練』を重んじる美意識が発達したため、丸太を『磨き上げて素材の美しさをそのまま見せる』方向に特化し、床の間の柱という装飾的・象徴的な用途に発展した。北米は広大な森林資源を背景に、丸太を構造材としてそのまま積み上げるログハウス建築が実用面から発達した
| 事業者数(現在) | —(未確認) |
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| 事業者数(ピーク時) | —(未確認) |
| ピークの年 | —(未確認) |
| 統計の基準年 | —(未確認) |
| 後継者不足度 | ★★★★☆ |
| 統計の出典URL | —(未確認) |
皮剥ぎから天日干し、水磨きまで手間をかけて木肌を白く滑らかに仕上げる約600年の技術と、桂離宮・修学院離宮・島原角屋といった数寄屋建築の名品を支えてきた丸太産地としての歴史が失われる
日本経済新聞(2019年)が『600年の歴史に新風』を求める記事を報じており、和風建築需要の減少という構造的な逆風の中で洋風モダンなデザインへの展開等、需要開拓が課題になっているとみられる
産地|京都府京都市北区中川・小野郷周辺(京都府) 世界の対比先|その他・分類なし
English: Kitayama log (Kitayama-maruta)(Kitayama-maruta are hand-peeled, sun-bleached, and sand-polished cedar logs from north Kyoto, prized since the Muromachi era as pillars for sukiya-style teahouses such as Katsura Imperial Villa, and still carrying roughly 600 years of continuous production history.)