日本の生業と、世界の似たサービス > 組紐職人(伊賀くみひも職人)
奈良時代(710〜794年)に仏教伝来とともに大陸から組紐の技術が伝わったとされる。伊賀では江戸時代に武具の紐として発展したが、明治の廃刀令(1876年)でいったん衰退し、1902年(明治35年)に廣澤徳三郎が東京の組紐技術を持ち帰って伊賀での産業として再興した。
| 日本|組紐職人(伊賀くみひも職人) | 世界|欧州のパスマントリー職人(組紐・房飾り職人、フランス) | |
|---|---|---|
| アプローチ | 絹糸を「丸台」「角台」等の組台にかけ、玉に巻いた糸を手で交差させながら組み上げ、帯締め・羽織紐・刀の下げ緒等に用いる幾何学模様の丸紐・平紐を作る | 金属糸や絹糸を機械(現在)や手作業(伝統工房)でより合わせ、房(タッセル)や縁飾り(トリム)に仕立てて、軍服の肩章や家具・カーテンの装飾に用いる |
| 使う道具(日本側) | 組台(丸台・角台・高台・綾竹台等)、玉(糸を巻く道具)、おもり | |
| 使う素材(日本側) | 生糸(絹糸)、金糸・銀糸 | |
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=中国の中国結び(チャイニーズノット)職人。1本の紐を結んで模様を作る点は組紐と異なるが(組紐は複数の糸を組む)、吉祥文様を糸で表現する装飾文化という点で東アジアの対比先となる(一次資料での裏付けは未確認のため参考情報)。
日本は組紐を刀の下げ緒や甲冑の縅(おどし)等、武具の実用品として発展させ、江戸時代には帯締めという装身具に用途が広がった。欧州のパスマントリーは王侯貴族の宮廷衣装や軍服の階級章としての装飾需要から発展し、房飾りという形で建築・家具装飾にも広がった。
| 事業者数(現在) | —(未確認) |
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| 事業者数(ピーク時) | —(未確認) |
| ピークの年 | —(未確認) |
| 統計の基準年 | ─ |
| 後継者不足度 | ★★★★☆ |
| 統計の出典URL | ─ |
帯締め一本の色と組み方だけで着物全体の印象を変える、指先だけで幾何学模様を生み出す組み技術と、忍者の里・伊賀に根付いた武具文化の記憶。
事業者数・職人数を示す全国統計が確認できず。きもの需要そのものの縮小による帯締め等の実需減少、後継者不足。三重県組紐協同組合公式サイトがSSL証明書エラーで長期間アクセス不能な状態。
産地|三重県伊賀市(伊賀くみひも)/京都府(京くみひも)(三重県 京都府) 世界の対比先|欧州
English: Kumihimo Braider (Braided Cord Craftsman)(A kumihimo braider hand-plaits dozens of silk threads on a wooden stand into geometric cords used to tie kimono obi sashes and, historically, to bind samurai armor and sword fittings.)