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陶芸家・窯元(珠洲焼)世界の似たサービス ─ 北米プエブロ族のブラックウェア(サン・イルデフォンソの黒陶)職人

12世紀後半(平安時代末期)に発祥、15世紀末に一度廃絶、1976年(昭和51年)に復興

共通の目的釉薬を使わず、焼成方法の工夫だけで土を焼き締め、独特の黒い質感を持つ陶器を作る

やり方が、どう違うのか

日本|陶芸家・窯元(珠洲焼)世界|北米プエブロ族のブラックウェア(サン・イルデフォンソの黒陶)職人
アプローチ焼成の最終段階で燃料(乾燥した糞や木くず等)をくべて煙を充満させ、器の表面に炭素を吸着させることで艶やかな黒色を生み出す(バーニッシング・スモークファイアリング)
使う道具(日本側)
使う素材(日本側)

⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。

もうひとつの世界の対比例=アフリカ諸地域の野焼き黒陶、朝鮮半島の一部の還元焼成陶器

なぜ違いが生まれたのか

珠洲焼は中世日本海交易の要衝として発達し須恵器の技法を継承したが戦国時代に忽然と姿を消し約400年後の1976年に復興したのに対し、プエブロ族の黒陶は途切れることなく継承されてきたという継承の連続性の違いがある

五感で味わう価値・職人のこだわり

もし消えたら、何が失われるのか

事業者数(現在)確認できていない
事業者数(ピーク時)確認できていない
ピークの年13〜14世紀
統計の基準年─
後継者不足度★★☆☆☆
統計の出典URL─

失われるもの(数字にならないもの)

14世紀には日本列島の4分の1に流通するほど隆盛しながら15世紀末に忽然と姿を消し、約400年の空白を経て1976年に復興したという「一度完全に消えた産地」という珍しい歴史そのものが失われる

いま直面している問題

産地としての知名度が有田・信楽等の主要産地に比べて低いこと、復興から日が浅く伝統の蓄積が他産地より薄いこと

出典

産地|石川県珠洲市・能登町(石川県) 世界の対比先|その他・分類なし

English: Suzu ware (Suzu-yaki)(Suzu ware, fired without glaze in a reduction atmosphere for its deep black surface, thrived across a quarter of medieval Japan before vanishing for nearly 400 years and being revived only in 1976.)