日本の生業と、世界の似たサービス > 燕鎚起銅器職人
江戸中期、1760年代頃に仙台の七之助という職人が燕に技法を伝えたのが始まりとされ、1816年に玉川堂初代・玉川覚兵衛が鎚起銅器製造に転じたことで産地としての基礎が固まった
| 日本|燕鎚起銅器職人 | 世界|フランス・ノルマンディー地方の手作り銅鍋職人(ヴィルディユ=レ=ポワル等の銅器工房) | |
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| アプローチ | 1枚の銅板を金鎚で叩いて絞り、継ぎ目なく徳利・急須・鍋等の立体に仕上げる「鎚起(ついき)」技法。打ち込むほど銅の組織が締まって強度が増し、使い込むほど色合いが変化する(硫化発色等の着色技法もある) | 銅板を打ち延ばして鍋やパン(フライパン)を成形し、内側に錫引きを施して耐食性を持たせる。厚手の銅板を使い熱伝導の良さを調理性能として前面に出す実用寄りの発達を遂げた |
| 使う道具(日本側) | 金鎚(当金〈あてがね〉に当てて打つ)、当金、鋳造炉 | |
| 使う素材(日本側) | 銅(一枚の銅板)、真鍮(合金部分) | |
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=中東(トルコ・イラン等)の手打ち銅器職人。金属打ち出しで器物を成形する点で共通する系譜を持つ
燕は信濃川の砂鉄と越後の金属加工技術の蓄積を背景に、江戸期に和釘・煙管等の金属加工業が発達し、そこへ鎚起銅器の技法が仙台方面から伝わって根付いた。装飾性の高い茶道具・酒器としての発達は、茶の湯文化との結びつきが背景にある。フランスは料理道具としての実用性能(熱伝導)を追求する方向で発達した
| 事業者数(現在) | 確認できていない |
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| 事業者数(ピーク時) | —(未確認) |
| ピークの年 | —(未確認) |
| 統計の基準年 | —(未確認) |
| 後継者不足度 | ★★★★☆ |
| 統計の出典URL | —(未確認) |
1枚の銅板を叩いて継ぎ目なく立体にする鎚起技法と、約210年にわたり技術を継承してきた燕の金属加工の系譜
職人の高齢化・後継者不足、原料銅の価格上昇
English: Tsuiki douki artisan (Tsubame hand-hammered copperware maker)(A Tsuiki artisan hammers a single flat sheet of copper into a seamless three-dimensional vessel, work-hardening the metal with every strike so the piece grows stronger as it takes shape.)