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房州うちわ職人世界の似たサービス ─ 中国の団扇(纨扇/团扇、絹を張った円形の柄付き扇)
江戸時代中期(女竹の産地として房州でうちわ骨の生産が始まったとされ、大正〜昭和期に一大産地として確立した)
共通の目的手であおいで涼をとる、実用の道具を作る
やり方が、どう違うのか
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、
世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=東南アジアの椰子の葉うちわ(非折りたたみ式の実用扇の系譜)
なぜ違いが生まれたのか
房州(千葉県南部)は女竹の産地であり、丸亀の「一本の竹から骨と柄を割り出す」豪快な製法に対し、房州は細く割いた骨を糸で編み上げる繊細な「窓」の意匠美を追求する方向に発達した
五感で味わう価値・職人のこだわり
- 出会える舞台・空間|千葉県南房総市・館山市に伝わる房州うちわ。拠点は房州うちわ会館(南房総市市部140-3)で、房州うちわ振興協議会(南房総市商工観光課・館山市経済環境部商工課が事務局、会長・丸山忠弘)が窓口となる。道の駅「グリーンファーム館山」などで製作体験を行い、所要1.5時間、定員30〜200名(調整可)、21工程のうち「貼り」「断裁」「へり付け」の3工程を体験できる。通年実施でき、宿泊先への出張対応も受け付ける。認定職人は8名(2026年2月現在、認定第1号〜第8号)。
- 五感|竹選別・皮むき・磨きと工程が進むにつれ、青竹の匂いは薄れ、白くなめらかな竹肌へと変わる。一昼夜水に浸けた竹を割竹で細く割き、編竹で糸に通し、下窓・窓作りで半円の格子模様を編み上げる指先は速い。焼きの工程で骨に炙りをかけ、貼り・断裁・へり付けで紙を貼って形を整えると、団扇特有のぱりっとした張りが手に伝わる。柄には丸みを帯びた竹そのものの感触が残る。
- 異常なこだわり|竹選別から仕上げまで21工程すべてを手作業で通す。竹は10月から1月の寒い時期、成長3年目のものだけを選んで伐り、1本の長い竹からうちわの骨に使えるのはほんの2、3本にすぎない。太さ1.5センチ前後の女竹を竹の中心から8つに割き、さらに48本から64本の骨へ細く割いていく。柄は別に取り付けず竹の丸みをそのまま生かす「丸柄」に仕立て、柄詰の工程では柳の枝を押切りという道具で詰め、弓削では真竹で骨組みの縁を作る。仕上げの下塗り・上塗りには貝殻から作る胡粉や膠、漆を使う。最盛期は工程ごとに未完成のうちわが職人の間を回り、仕上がるまで1か月以上かかったという。
- 外国人の驚き|1本の竹を8つに割き、さらに48本から64本まで細く割いた骨を、編竹・下窓・窓作りという工程だけで扇形の格子模様に組み上げることに驚かれる。柄を別付けせず竹の丸みをそのまま握り手にする「丸柄」は、京うちわ・丸亀うちわとは異なる房州うちわだけの形。那古・船形・富浦という漁師町で、男が漁に出た後の女性や老人の内職として広がった経緯もあり、いまも工程のほとんどを女性が担う。千葉県内で最初に国指定を受けた工芸品でありながら、指定当時の事業者は7、従事者は70人にとどまっていた。
- 豆知識|房州うちわの起源は明治23年、那古の忍足信太郎が内職で割き竹加工を始めたことに遡る。明治30年には同じ町の岩城庄吉が本格的な加工を始め、大正初めには骨組みまで手がける「マド」の技術が確立した。大正10年、日本橋堀江町のうちわ問屋・松根屋の主人だった横山寅吉が船形に移り住みうちわ作りを始めたのが、房州うちわの直接の始まりとされる。大正12年の関東大震災で東京のうちわ問屋の多くが被災したことも重なり、那古・船形・富浦の町を挙げての生産へと発展した。最盛期のうちわ業者は30〜45軒、内職従事者は約1,000人にのぼったと伝わる。房州うちわは京うちわ・丸亀うちわと並ぶ日本三大うちわの一つで、2003年3月17日に千葉県で初めて経済産業大臣指定の伝統的工芸品となった。生産量は昭和初期の年間700万本から大きく落ち込み、館山市の資料でも現在の生産量は「約40万本」(館山市経済環境部商工課の資料)、「約80万本」(那古小学校の郷土資料)と、示す数字が分かれている。
もし消えたら、何が失われるのか
| 事業者数(現在) | —(未確認) |
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| 事業者数(ピーク時) | —(未確認) |
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| ピークの年 | —(未確認) |
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| 統計の基準年 | —(未確認) |
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| 後継者不足度 | ★★★★☆ |
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| 統計の出典URL | —(未確認) |
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失われるもの(数字にならないもの)
21の全工程すべてが手作業という、丸亀・京とならぶ日本三大うちわ産地の一つの技術
いま直面している問題
プラスチック製うちわとの競合、後継者不足、原料の女竹生産農家の減少
出典
産地|千葉県南房総市・館山市(千葉県) 世界の対比先|アジア
English: Boshu Uchiwa (flat fan from Chiba)(A fan made from 48 to 64 thin strips of female bamboo woven into a lattice window pattern, one of Japan's three great uchiwa-producing regions along with Marugame and Kyoto.)