日本の生業と、世界の似たサービス > 染師(名古屋黒紋付染)
起源は江戸期とされる。昭和58年(1983年)4月27日、経済産業大臣指定伝統的工芸品に指定
| 日本|染師(名古屋黒紋付染) | 世界|英国ヴィクトリア朝の「喪服専門染色業者」(モーニング・ダイヤー) | |
|---|---|---|
| アプローチ | 白生地に家紋部分だけを丸く防染したのち、藍下地の上に何度も黒染料を重ねて染め、家紋の白抜きが際立つ均一で深みのある黒に仕上げる。わずかな色ムラも許されない染色技術で、慶弔両方の儀礼で着用される黒紋付・喪服地を専門に手掛ける | 英国ヴィクトリア朝では、女王ヴィクトリアが長期の喪に服したことを契機に喪服文化が社会全体に広がり、既存の衣服を漆黒に染め直す専門の染色業者(ブラック・ダイヤー/モーニング・ダイヤー)が発達した。均一で完璧な黒を染め上げる技術に特化した専門職が、儀礼・弔事の装いを支えるために発展したという構造が共通する |
| 使う道具(日本側) | 型紙、防染糊、染料桶 | |
| 使う素材(日本側) | 黒色染料(藍下地を含む)、絹生地 | |
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=英国ヴィクトリア朝の喪服専門染色業者(ブラック・ダイヤー)
日本では黒紋付が慶弔両方(結婚式の新郎親族・葬儀)に用いられる正装として位置づけられ、家紋という個々の家の識別情報を白く残しながら黒く染めるという両立が求められたため、防染と染色を組み合わせた高度な技術が発展した。英国の喪服染めは弔事専用で家紋のような個別性を残す必要が無く、均一な黒を出すことだけに特化した点で技術の焦点が異なる
| 事業者数(現在) | 確認できていない |
|---|---|
| 事業者数(ピーク時) | —(未確認) |
| ピークの年 | —(未確認) |
| 統計の基準年 | —(未確認) |
| 後継者不足度 | ★★★★☆ |
| 統計の出典URL | —(未確認) |
家紋を白く残しながら寸分の色ムラもなく黒く染め上げる、名古屋友禅黒紋付協同組合連合会が守ってきた染色技術と、慶弔両方を一枚の紋付が担うという日本の礼装文化
慶弔の礼装文化そのものの簡略化により需要が縮小し、寸分の色ムラも許されない技術を継承する職人の確保が困難
English: Nagoya Kuro-Montsuki Black Dyeing(Nagoya Kuro-Montsuki Black Dyeing is a demanding textile craft that dyes formal kimono a perfectly uniform, lustrous black around hand-reserved family crests, worn at Japan's most solemn ceremonial occasions.)