日本の生業と、世界の似たサービス > 織元(牛首紬)
起源は平安時代とも、確立は江戸期とされる。昭和63年(1988年)6月9日、経済産業大臣指定伝統的工芸品に指定
| 日本|織元(牛首紬) | 世界|イタリアの「ドッピオーネ」(玉繭を使う節のある絹織物)職人 | |
|---|---|---|
| アプローチ | 通常は1つの繭に1匹の蚕が入るが、2匹の蚕が共同で作る「玉繭」は糸が絡み合い機械製糸に不向きとされ廃棄されがちな規格外繭だった。牛首紬はこの玉繭から座繰りで丁寧に一本の太い節糸を紡ぎ出し、釘に引っ掛けても切れないとされるほどの強靭さを持つ独特の風合いの織物に仕立てる | イタリアの絹産業でも玉繭(ダブルコクーン)は機械製糸に不向きな規格外品とされ、通常は「ドッピオーネ」と呼ばれる節のある太い絹糸として低級・特殊用途に回されてきた。規格外の玉繭をあえて糸に紡ぐという着眼点と、その結果生まれる節のある太い糸という特徴が共通する |
| 使う道具(日本側) | 座繰り機、高機 | |
| 使う素材(日本側) | 玉繭(二頭の蚕による規格外の繭) | |
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=イタリアの玉繭絹糸「ドッピオーネ」を使った特殊絹織物
日本では白山山麓の養蚕地帯で牛首紬の職人が玉繭を「捨てずに活かす」という日本的な倹約・工夫の発想から高級織物に転じさせた一方、イタリアの絹産業は大量生産・輸出向けの工業製糸が主流であったため、玉繭は工業原料としての価値が低いまま特殊用途に留め置かれ、高級織物として磨き上げる方向には発展しなかった
| 事業者数(現在) | 確認できていない |
|---|---|
| 事業者数(ピーク時) | —(未確認) |
| ピークの年 | —(未確認) |
| 統計の基準年 | —(未確認) |
| 後継者不足度 | ★★★★★ |
| 統計の出典URL | —(未確認) |
「釘に引っ掛けても破れない」と称されるほどの強靭さを持つ、玉繭を活かす座繰り技術と、白山山麓の養蚕文化そのもの
主要な織元が事実上1軒に集約されるまで縮小しており、玉繭から糸を紡ぐ座繰り技術の継承者確保が課題
産地|石川県白山市(旧・白峰村)(石川県) 世界の対比先|欧州
English: Ushikubi Tsumugi Silk(Ushikubi Tsumugi is a rare Ishikawa silk pongee hand-reeled from double cocoons that machine spinning rejects, prized for its pebbled texture and exceptional strength said to resist tearing even on a nail.)