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宝石珊瑚細工職人(土佐珊瑚)世界の似たサービス ─ トッレ・デル・グレコの珊瑚職人(イタリア)

江戸時代末期。文化10年(1813年)の土佐藩の地誌「南路志」に室戸岬・足摺岬周辺で宝石珊瑚が産出する記載が初出とされる。天保年間(1830〜1843年)に採取網が考案されたが、当時の土佐藩では珊瑚の所持・販売は禁止されていた。明治時代に入り高知で原木オークションが始まり、日本の宝石珊瑚産業の中心地となった。

共通の目的海から採れる赤い珊瑚を磨き、彫り、宝飾品や工芸品に仕立てる

やり方が、どう違うのか

日本|宝石珊瑚細工職人(土佐珊瑚)世界|トッレ・デル・グレコの珊瑚職人(イタリア)
アプローチ地中海の水深10〜200メートルの比較的浅い岩礁に育つ珊瑚を、木枠に網を巻いた「インジェーニョ」という道具で海底を引きずって採取し、赤一色の発色を活かしてカメオやビーズに仕立てる
使う道具(日本側)
使う素材(日本側)

⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。

もうひとつの世界の対比例=台湾・澎湖諸島の珊瑚職人=日本と同じ深海性の宝石珊瑚(西太平洋の珊瑚漁場を日本と共有)を扱うが、彫刻より原木取引が中心という違いがある

なぜ違いが生まれたのか

日本近海の宝石珊瑚は地中海より深い海に育つため、発見(文化10年・1813年に土佐藩の記録「南路志」に初出)も採取技術の確立も遅く、桃色・白色など地中海には無い色幅が特徴になった。地中海は浅瀬に珊瑚が育ち中世から漁網で引きずる採取が可能だったため、古くから赤一色を極める方向に発展した。

五感で味わう価値・職人のこだわり

もし消えたら、何が失われるのか

現在(2019年度)
93名
事業者数(現在)93名
事業者数(ピーク時)—(未確認)
ピークの年—(未確認)
統計の基準年2019年度
後継者不足度★★★☆☆
統計の出典URLhttps://www.japan-coral.net/

失われるもの(数字にならないもの)

江戸末期に土佐藩の禁制品だった珊瑚が、明治以降に高知の原木オークションを通じて世界に流通する宝飾品へと育っていった歴史と、深海性ゆえに地中海の珊瑚には無い桃色・白色の色幅を活かす彫刻・染色の技術。

いま直面している問題

中国漁船による赤珊瑚の違法採取(密漁)が2014年に小笠原諸島・伊豆諸島周辺の日本領海・EEZで大規模に発生し、資源減少への懸念が指摘されている。日本は同年、無許可操業への罰金上限を3000万円に引き上げる法改正を行った。

出典

産地|高知県高知市(高知県) 世界の対比先|欧州

English: Tosa coral craft (Japanese precious coral carving)(Tosa coral craft carves precious coral dredged from deep water off Kochi into jewelry and ornaments, prized for pink and white shades that Mediterranean red coral does not have.)