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仏壇職人(美川仏壇)世界の似たサービス ─ ロシア正教のイコン工房(金地に聖人像を描き、教会・家庭の礼拝空間を彩る宗教美術の伝統)
15世紀中頃(室町時代)、昭和63年(1988年)に石川県伝統工芸品指定
共通の目的彫刻・漆・金工の技を集め、堅牢で美麗な祈りの空間の調度品を作る
やり方が、どう違うのか
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、
世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=フィリピンのサント(聖人像)彫刻職人(スペイン統治期に根付いた木彫と彩色の聖人像づくりの伝統)
なぜ違いが生まれたのか
美川仏壇は15世紀中頃に小松長吉が始め、19世紀中頃に湊屋村次郎が「堆黒」という他産地には見られない独自技法を確立したことで、加賀の地に根付く独自様式として発達した。ロシア正教のイコンは、聖像を平面の板絵として様式化するビザンティン美術の伝統を受け継いで発達した
五感で味わう価値・職人のこだわり
- 出会える舞台・空間|石川県白山市美川新町ル86に美川仏壇協同組合の事務所が置かれ、主な生産地は白山市(旧美川町)とされる。地域の氏神・藤塚神社の例祭「美川のおかえり祭り」では、10町が所有する11基と家方組・船職組がそれぞれ持つ1基を合わせた13基の台車(だいぐるま)が町内を巡行し、神輿が高浜の御旅所まで渡御する。仏壇店の店先には、木地・下地・上塗・呂色・箔押・蒔絵・金具という別々の職人が手掛けた部材が一つの仏壇として組み上がる過程が並ぶ。
- 五感|厚さ約0.3ミクロンという極薄の金沢金箔が、漆塗りの光沢を通して黄金色に輝く。生漆を5回に分けて摺りこみ、砥の粉で磨き上げる呂色研ぎの工程を経た表面には、金箔の光沢がいっそう際立つ艶が生まれる。堆黒として彫り込まれた文様の陰影、螺鈿(青貝塗)の貝殻が放つ光の反射、約300種類の鏨で一打ちずつ手打ちされた真鍮金具の模様が、見る角度によって光の反射の表情を変える。
- 異常なこだわり|下地職人は、輪島塗りと同一技法とされる「錆付け」を白木に施す。下地漆に砥の粉と糊、地の粉を混ぜたものを使うため湿気に強く、湯につけて煤出しをしても他産地のように漆が剥げ落ちることはないとされている。木地職人は本体材料にイチョウ、柱類に草まき(青森檜)を使い、釘を使わないホゾ組み立てで仕上げ、宮殿や須弥壇の彫刻には20種類もの特殊な彫刻刀とノミを使い分ける。金具職人は約300種類の鏨を駆使し、機械打ちの金具は一切取り付けず、すべて手打ちの一打ちずつで模様を仕上げている。
- 外国人の驚き|神社の祭礼で使われる台車(だいぐるま)が、仏壇づくりの技術で作られているという事実がある。石川県教育委員会は「美川のおかえり祭り」の台車について「美川仏壇の技術の粋を集めたものであり、京都祇園の山鉾にならって始めたもの」としている。神を祀る祭り道具に、仏壇づくりの技術がそのまま使われている点は、宗教ごとに職人技が分かれていると思いがちな外国人には意外な事実になる。仏壇の内部には、観音菩薩や勢至菩薩、羅漢や鳳凰、唐草といった蒔絵が描かれ、戸の裏側には宗派に応じて釈迦一代記や親鸞上人絵図が筆で描き込まれている。
- 豆知識|美川仏壇は15世紀中頃、小松長吉によって始められたとされる。17世紀初めには6代目長次が出て名声を博し、19世紀中頃には湊屋村次郎が色物堆黒の技術で美川仏壇を一躍有名にした。台車を使う「美川のおかえり祭り」は平成13年(2001年)12月25日、石川県指定無形民俗文化財に指定されている。仏壇に使われる金沢金箔は国内生産の99%を占めるとされ、立て押し・横押し・寝押しといった押し方で一枚ずつ手作業により押されている。
もし消えたら、何が失われるのか
| 事業者数(現在) | —(未確認) |
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| 事業者数(ピーク時) | —(未確認) |
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| ピークの年 | —(未確認) |
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| 統計の基準年 | —(未確認) |
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| 後継者不足度 | ★★★★☆ |
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| 統計の出典URL | —(未確認) |
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失われるもの(数字にならないもの)
15世紀中頃に始まり、19世紀に湊屋村次郎が確立した「堆黒」という他産地に見られない独自技法と、秋田ヒバ・イチョウを使った堅牢な木割の技術
いま直面している問題
住宅の洋風化・集合住宅化に伴う仏壇需要そのものの縮小、後継者不足
出典
産地|石川県白山市美川地区(石川県) 世界の対比先|欧州
English: Mikawa butsudan (Mikawa Buddhist altar)(Mikawa butsudan are Buddhist household altars from Hakusan, Ishikawa, known for a unique carved-lacquer technique called tsuikoku found nowhere else, first developed in the mid-15th century.)