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仏壇職人(兵庫仏壇)世界の似たサービス ─ イタリアの聖具職人(教会向けの祭壇・聖具箱を彫刻と金箔で仕立てる工房の伝統)
江戸時代(公式指定は平成5年〈1993年〉3月19日)
共通の目的木工・彫刻・漆・金箔の技を集め、祈りの場となる調度品を作る
やり方が、どう違うのか
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、
世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=フィリピンのサント(聖人像)彫刻職人(スペイン統治期に根付いた、木彫と彩色で聖人像を仕立てる伝統工芸)
なぜ違いが生まれたのか
兵庫仏壇は江戸時代に仏具発祥の地・京都で修行した職人が技術を持ち帰り、京都の下請けとして製造を始めたことから、京仏壇の技法を受け継ぎつつ加古川市など複数の産地に分散して発達した。イタリアの聖具工房はキリスト教の教会文化と結びつき、都市ごとの工房が独自の様式を競う形で発達した
五感で味わう価値・職人のこだわり
- 出会える舞台・空間|兵庫仏壇の製造・販売を担う店は加古川市を中心に点在する。ごくらくや佛檀店は西国大名の参勤交代にも使われた山陽道の宿場町・加古川宿(現在の寺家町商店街)で慶応3年に創業した。さえき仏壇店はもともと播磨国一宮の伊和神社の門前で創業し、現在は宍粟市一宮町と佐用郡佐用町に店を構える。業界団体の兵庫県宗教用具組合は加古川市加古川町備後に事務所を置き、大仏堂(丹波市氷上町)も加盟する。
- 五感|兵庫仏壇は天然の原材料を使い、彫刻・漆塗り・箔押しという性質の異なる工程を一つずつ手作業で積み重ねて仕上げる。彫刻刀で木地に文様を彫り出す工程、漆を刷毛で塗り重ねる工程、金箔を押す工程がそれぞれ独立した手作業として続き、完成までに幾つもの手が加わる。ごくらくや佛檀店は昭和56年に金箔細工の専門部門を独自に設けており、木地の彫刻の陰影と漆の艶、金箔の輝きという質感の異なる仕事が一台の仏壇の中で重なって表れる。昭和51年に開いた本社展示場では、その仕上がりを目の前で見比べられる。
- 異常なこだわり|ごくらくや佛檀店では会長の大西一平氏が平成元年に鶴林寺から「大佛師」の称号を授かり、平成5年には労働省の卓越技能賞(現代の名工)を受賞、本社工場の職人も同じ年に伝統工芸師に任命された。さえき仏壇店は文化5年(1808年)、塗師の佐伯武右門信政が播磨国宍粟郡神戸村市場で虎屋として創業したのが始まりで、跡を継いだ佐伯源輔信吉が京都で仏師の修行を積んでいる。修行の時期と改名の年は、組合の紹介ページでは明治3年・明治15年、店の公式サイトでは明治5年・明治25年と、資料によって表記が異なるが、店は現在も「創業二百十年余」を掲げて塗師の系譜にこだわり続けている。
- 外国人の驚き|仏具発祥の地とされる京都で職人が技術を学び、それを兵庫へ持ち帰って独自の仏壇づくりを始めたという成り立ちに外国人は驚くという。彫刻・漆塗り・箔押しという異なる技術を一台の仏壇に集約させ、寺の称号や国の表彰を受けた職人が今も手作業で仕上げていることも、大量生産に慣れた人には意外に映る。西国大名の参勤交代が行き交った街道の宿場町や、播磨国一宮の神社の門前といった、信仰や往来と結びついた場所に仏壇店が根を張ってきたことにも興味を示す人がいるという。
- 豆知識|兵庫仏壇が兵庫県の伝統的工芸品に第一次指定されたのは平成5年3月19日で、ごくらくや佛檀店の本社工場はその指定工場となった。起源は江戸時代、仏具発祥の地である京都で修行した職人が技術を持ち帰り、京都の下請けとして仏壇を製造し始めたことにさかのぼる。ごくらくや佛檀店は慶応3年(1867年)の創業以来、昭和50年に本格的な仏壇工場を、昭和51年に本社展示場を、昭和56年には金箔細工の事業部を設けた。大仏堂は大正8年に丹波市氷上町横田で創業し、さえき仏壇店は現在、代表の佐伯明彦氏のもとで文化5年からの塗師の系譜を受け継いでいる。
もし消えたら、何が失われるのか
| 事業者数(現在) | —(未確認) |
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| 事業者数(ピーク時) | —(未確認) |
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| ピークの年 | —(未確認) |
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| 統計の基準年 | —(未確認) |
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| 後継者不足度 | ★★★★☆ |
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| 統計の出典URL | —(未確認) |
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失われるもの(数字にならないもの)
江戸時代に京都から持ち帰られた技術を起点に、天然の原材料を使い数多くの工程を手作業で仕上げる仏壇づくりの技術と、加古川市・丹波市・宍粟市・尼崎市という複数産地に分散して受け継がれてきた分業の形
いま直面している問題
住宅の洋風化・集合住宅化に伴う仏壇需要そのものの縮小、後継者不足
出典
産地|兵庫県加古川市・丹波市・宍粟市・尼崎市(兵庫県) 世界の対比先|欧州
English: Hyogo butsudan (Hyogo Buddhist altar)(Hyogo butsudan are lacquered, gold-leafed Buddhist household altars whose techniques were brought back from Kyoto by Edo-period apprentices and are now made across four cities in Hyogo Prefecture.)