日本の生業と、世界の似たサービス > 紙漉き職人(蒲生和紙)
江戸時代中期(約300年前、伝承)
| 日本|紙漉き職人(蒲生和紙) | 世界|フランス・オーヴェルニュ地方の伝統製紙職人(貴族・領主の御用紙として保護され、後年家業として一子相伝で継承されてきた欧州の手漉き製紙の系譜) | |
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| アプローチ | 約300年前、島津家の家老職が藩の御用紙を武士に作らせたのが始まりとされ、豊かな水と原料に恵まれた蒲生で薩摩藩が武士の副業として奨励した。最盛期には約300戸が紙漉きに従事していたが、時代とともに衰退し、現在その技術を持つのは小倉正裕氏1名のみとなっている。クワ科の植物『カジ』の樹皮を原料とし、繊維が長く絡みやすいため丈夫で経年劣化が少ない和紙に仕上がる | フランス・オーヴェルニュ地方のアンベール等は中世から貴族・教会の御用紙を漉く製紙職人が集積した産地で、藩の庇護のもとで発展した点が蒲生和紙と共通するが、多くは工業化とともに大規模製紙業へ転換し、手漉きの家業がそのまま生き残るケースは希少である |
| 使う道具(日本側) | 漉き桁、簀、叩解用の道具 | |
| 使う素材(日本側) | 梶(カジ)の樹皮 | |
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=タイのサーペーパー(コウゾ紙)職人(コウゾ科の樹皮を原料に手漉きする東南アジアの伝統製紙)
蒲生和紙は島津家の家老職が藩の公式文書用紙として武士に漉かせたという政策的な始まりを持ち、最盛期に約300戸が従事するほどの規模を持ちながらも、電動抄紙機の普及とともに急速に衰退し、担い手が1名にまで先鋭化した。地域の副業として広く分散して定着していた点で、少数の専門家に集約される形で発展した工房型の製紙産地とは異なる衰退のパターンをたどった
| 事業者数(現在) | 1 |
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| 事業者数(ピーク時) | 確認できていない |
| ピークの年 | —(未確認) |
| 統計の基準年 | 2,025 |
| 後継者不足度 | ★★★★★ |
| 統計の出典URL | https://www.pref.kagoshima.jp/af07/documents/88775_20250327164812-1.pdf |
約300年前に島津家の御用紙として始まり、最盛期には約300戸が従事したとされる蒲生和紙の技術系譜が、担い手1名をもって途絶える危機にある
最盛期に約300戸が従事していたとされる紙漉き産業が、電動抄紙機の普及等により衰退し、現在の担い手は1名のみ
English: Kamo washi (Kamo handmade paper)(Kamo washi is a nearly 300-year-old handmade paper tradition from Aira, Kagoshima, begun as official paper for the Shimazu domain and once practiced by some 300 households, now carried on by a single papermaker.)