日本の生業と、世界の似たサービス > てまり職人(肥後てまり)
江戸時代(伝承)。現在の同好会としての活動は1968年(昭和43年)から
| 日本|てまり職人(肥後てまり) | 世界|欧州宮廷の刺しゅう手芸サークル(貴族や上流階級の女性たちが手慰みとして刺しゅうを行い、独自の文様の体系を作り上げてきた欧州の宮廷手芸文化) | |
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| アプローチ | 江戸時代、熊本城に仕えた奥女中たちが手慰みに作り始めたのが起源とされ、童謡『あんたがたどこさ』に歌われる手まりのモデルとされる。カラフルなフランス糸で幾何学模様を刺しゅうした、飾って目で見て楽しむ観賞用の手まりとして発展し、1968年(昭和43年)に肥後てまり同好会が結成され技術が継承されている | 欧州の宮廷では女官や貴婦人が刺しゅうを手慰みとし、独自の文様や技法を体系化してきた歴史があり、身分の高い女性の手仕事として発展した点が肥後てまりの『奥女中の手慰み』という起源と共通する |
| 使う道具(日本側) | もみ殻または綿の芯、フランス糸、刺しゅう針 | |
| 使う素材(日本側) | もみ殻、絹糸・フランス糸 | |
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=欧州のニードルポイント(プティポワン)刺しゅうサークル、ロシアの手まり刺しゅう文化
肥後てまりは熊本城の奥女中という限られた身分の女性たちの手慰みから始まり、実用の裁縫技術の応用として発展したため、遊びながら糸を使う技術を磨くという性格を持つ。全国的に知られる童謡『あんたがたどこさ』に歌われたことで、地域を超えて知られる存在になった点も特徴的
| 事業者数(現在) | 1 |
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| 事業者数(ピーク時) | —(未確認) |
| ピークの年 | —(未確認) |
| 統計の基準年 | 2,023 |
| 後継者不足度 | ★★★★☆ |
| 統計の出典URL | https://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/attachment/213485.pdf |
江戸時代の奥女中の手慰みに由来し、童謡『あんたがたどこさ』で全国に知られるようになった肥後てまりの歴史と、1968年結成の同好会が守ってきた継承の仕組みが失われる
同好会という組織形態で継承されているが、県指定名簿上は1件の登録にとどまり、公式統計としての会員数の推移は確認できていない
English: Higo temari (Kumamoto thread ball)(Higo temari are embroidered thread balls from Kumamoto City said to have begun as a pastime among ladies-in-waiting at Kumamoto Castle, believed to be the very temari sung about in the nationally known folk song Antagata Dokosa.)