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慶長5年(1600年)頃
| 日本|うちわ職人(来民うちわ) | 世界|スペイン・バレンシア地方の絵付け扇子職人(丸亀から製法が伝わったように、他地域から伝来した技術を土地の産物と結びつけて根付かせた扇・団扇文化) | |
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| アプローチ | 慶長5年(1600年)頃、四国・丸亀の旅僧が来民の地でうちわの製法を伝授したのが起源とされ、寛永16年(1638年)には藩主・細川忠利が原材料に恵まれた来民でのうちわ作りを奨励した。渋柿の汁(柿渋)を塗り重ねて耐久性・防水性を高めた『渋うちわ』が特徴で、明治33年には来民工業徒弟学校が設立されるなど地場産業として組織化された歴史を持つ | スペインのバレンシア地方では、木や骨組みに絹や紙を張り絵付けを施す扇子作りが地場産業として発展し、地域の材料(オリーブ材等)と結びついた独自の様式を持つ。うちわと扇子という開閉の違いはあるが、旅を通じて伝来した技術が地域の産物と結びついて根付いた点は共通する |
| 使う道具(日本側) | 竹(骨)、和紙、柿渋、刷毛 | |
| 使う素材(日本側) | 竹、和紙、柿渋 | |
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=丸亀うちわ(香川県、来民に製法を伝えたとされる四国の産地。既存行『丸亀うちわ職人』として本DBに別途収録)
来民は良質な竹と柿渋の原料に恵まれた土地で、藩主による奨励という政策的な後押しも受けて地場産業として組織化された。うちわに柿渋を塗る『渋うちわ』という耐久仕様は、湿気の多い九州の気候で長く使える実用性を追求した結果と考えられる
| 事業者数(現在) | 1 |
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| 事業者数(ピーク時) | 確認できていない |
| ピークの年 | —(未確認) |
| 統計の基準年 | 2,023 |
| 後継者不足度 | ★★★★★ |
| 統計の出典URL | https://www.pref.kumamoto.jp/uploaded/attachment/213485.pdf |
1600年頃に丸亀の旅僧が伝えたとされる420年余りの歴史と、柿渋で耐久性を高めた『渋うちわ』という来民独自の技法が、2〜3軒という担い手数をもって途絶える危機にある
昭和40年代以降、扇風機・エアコンの普及でうちわ産業自体が衰退し、現存する担い手は2〜3軒とされる
産地|熊本県山鹿市(来民地区)(熊本県) 世界の対比先|欧州
English: Kutami shibu-uchiwa (persimmon-tannin fan)(Kutami uchiwa are hand-made flat fans from Yamaga, Kumamoto, coated in persimmon tannin for durability since a traveling monk from Marugame taught the craft around 1600, with only a couple of workshops left today.)