日本の生業と、世界の似たサービス > 象嵌師(京象嵌)
奈良時代(伝来)、技術確立は江戸時代(西陣の埋忠家・正阿弥家)、装身具への転換は明治時代
| 日本|象嵌師(京象嵌) | 世界|スペイン・トレドのダマスキナード職人(黒色の鉄地に金銀の線を打ち込む、中東起源の金属装飾技法を継承する欧州の産地) | |
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| アプローチ | タガネで素地に細かい溝を彫り、金・銀・赤銅の線や板を打ち込んで模様を表現する。奈良時代に伝来し、正倉院の刀身や薬師寺本尊に金属嵌め込みの例が残る。江戸期には西陣の埋忠家・正阿弥家が技術を確立し、その弟子たちが全国に技術を広めた | スペイン・トレドのダマスキナード(ダマスキン)は、黒く酸化させた鉄地に金銀の細い線を打ち込むイスラム起源の技法で、中世にイベリア半島を経由してヨーロッパへ伝わり、刀剣・宝飾品の装飾として発達した |
| 使う道具(日本側) | タガネ(鏨)、金槌、金・銀・赤銅の線材 | |
| 使う素材(日本側) | 鉄・赤銅等の金属地、金・銀の線材 | |
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=インドのビドリ細工職人(黒い合金地に銀線を象嵌する、デカン高原発祥の金属装飾技法)
日本の象嵌は刀剣・甲冑という武具の装飾として発達したため、廃刀令(1871年)を機に一度衰退し、その後は火鉢・煙管など日用品やペンダント・ネクタイピン等の装身具へ用途を転換して生き延びた。スペインのダマスキナードはイスラム文化圏から地中海を経て伝わった技法が土着化し、宝飾品として現在まで連続的に発達を続けた
| 事業者数(現在) | —(未確認) |
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| 事業者数(ピーク時) | —(未確認) |
| ピークの年 | —(未確認) |
| 統計の基準年 | —(未確認) |
| 後継者不足度 | ★★★★☆ |
| 統計の出典URL | —(未確認) |
タガネで溝を彫り金銀の線を打ち込む象嵌技術と、廃刀令後に四方安之助・並河靖之らが欧米での評価を得て輸出工芸として再生させた、京都の金工の系譜が失われる
廃刀令後に装身具・室内装飾品へ用途転換して存続してきたが、京都府公式ページに現状の担い手数についての直接記載はなく、後継者確保の状況は確認できていない
産地|京都府京都市(西陣周辺)(京都府) 世界の対比先|欧州 中東
English: Kyoto damascening (Kyo-zogan)(Kyo-zogan is Kyoto's damascening craft, in which artisans chisel fine grooves into metal and hammer gold or silver wire into them, a Nara-era import from the Asian mainland that pivoted from sword and armor fittings to jewelry after Japan's 1871 sword ban.)