日本の生業と、世界の似たサービス > 七宝職人(東京七宝)
江戸時代初期(平田彦四郎が祖とされる)、勲章製作への応用は明治6〜7年
| 日本|七宝職人(東京七宝) | 世界|フランス・リモージュのエマイユ(七宝)職人(中世から続く欧州の金属七宝装飾の一大産地、教会の聖具や勲章製作を担った工房群) | |
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| アプローチ | 空焼き・酸洗い・盛り込み・乾燥・焼成(800〜850度)・研磨・上げ焼きという7段階の工程で、一色ごとに焼き付けと研磨を繰り返して柄を浮かび上がらせる。江戸初期に平田彦四郎が朝鮮からの渡来人に技術を学んだのが祖とされ、その技術は明治初期まで平田家に門外不出だった。明治6年の勲章制度創設を機に平田春行が試作品を完成させ、後の旭日章制作に発展した | フランス・リモージュのエマイユは、中世キリスト教会の聖遺物容器や祭具を飾る目的で発達し、シャンルヴェ(彫り込み地に釉薬を充填)技法を中心に、教会・貴族向けの宗教美術として発展した |
| 使う道具(日本側) | 素地(金属胎)、釉薬、盛り込み用の筆・ヘラ、研磨用の砥石 | |
| 使う素材(日本側) | 金属(銅・銀等)、ガラス質の釉薬 | |
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=中国・北京の景泰藍(けいたいらん)職人(明代から続く中国宮廷の七宝工芸。銅胎掐絲琺瑯の技法を継承する工房群)
日本の七宝は明治政府の勲章制度創設という国家的需要を機に一気に技術革新が進み、装身具から校章・記章まで実用の装飾金工として発達した。欧州のエマイユは中世からキリスト教会という単一の需要元に支えられ続けたため、宗教美術としての様式が長く保たれた
| 事業者数(現在) | —(未確認) |
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| 事業者数(ピーク時) | —(未確認) |
| ピークの年 | —(未確認) |
| 統計の基準年 | —(未確認) |
| 後継者不足度 | ★★★☆☆ |
| 統計の出典URL | —(未確認) |
平田家が門外不出とした技術が明治の勲章制度を機に開花させた、透明色と不透明色を焼き重ねて奥行きを出す独自の七宝技法と、旭日章の源流としての歴史的系譜が失われる
海外ではガラス素材を用いた七宝が積極的に生産されておらず日本独自の技術とされる一方、校章・記章・装身具・カーマークなど用途の多様化に対応する必要があるとみられるが、定量的な現状課題の記載は東京都公式ページに確認できなかった
産地|東京都台東区・荒川区・北区周辺(東京都) 世界の対比先|欧州
English: Tokyo cloisonne (Tokyo shippo)(Tokyo shippo is a cloisonne-enamel craft founded by a family who learned the technique from Korean immigrants in the early Edo period and kept it secret until the Meiji era, when it was adapted to produce Japan's first modern medals of honor.)