日本の生業と、世界の似たサービス > 木彫刻師(江戸木彫刻)
起源は6世紀(仏教伝来期の仏像彫刻)、建築彫刻としての確立は室町〜江戸時代
| 日本|木彫刻師(江戸木彫刻) | 世界|ドイツ・オーバーアマガウの木彫り職人(教会の祭壇彫刻や宗教彫像を鑿で手掘りする、バイエルン地方の木彫り工房の系譜) | |
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| アプローチ | 和紙に木炭や筆で下絵を描き、木目を考慮して木取りを行ったうえで、荒彫り・中彫り・仕上げ彫りと段階的に進め、削り仕上げまたはトクサ磨き仕上げで完成させる。室町時代の禅宗隆盛により社殿・寺院の柱や欄間を飾る建築彫刻が急速に発達し、江戸期には大工の棟梁から装飾専業の『宮彫師』が独立した | 欧州の宗教木彫は、ドイツ・バイエルン地方のオーバーアマガウ等を中心に、教会の祭壇彫刻やキリスト像を鑿で手掘りする工房群が発達し、受難劇(パッシオンシュピール)の舞台美術とも結びついて技術が継承されてきた |
| 使う道具(日本側) | 数百本に及ぶ鑿(ノミ)、木槌、トクサ(研磨用) | |
| 使う素材(日本側) | 欅・檜等の木材 | |
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=インドネシア・バリ島マス村の木彫り職人(寺院彫刻や仮面彫刻を鑿で手掘りする伝統工房群)
日本の木彫刻は神仏習合の中で寺社建築の装飾(柱・欄間・組物)として発達したため、龍や動植物文様を数百本のノミを使い分けて彫る建築装飾寄りの技術体系になった。欧州は聖書の場面や聖人像という『物語る彫像』が主軸だったため、人物表現に特化した写実的な彫刻技術が発達した
| 事業者数(現在) | —(未確認) |
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| 事業者数(ピーク時) | —(未確認) |
| ピークの年 | —(未確認) |
| 統計の基準年 | —(未確認) |
| 後継者不足度 | ★★★★☆ |
| 統計の出典URL | —(未確認) |
数百本のノミを使い分けてノミの切り口だけで木の輝きを引き出す技術と、龍の鼻筋や人物の眼差しといった細部にまで宿る気品、百年二百年先まで残る耐久性を持つ建築装飾彫刻の系譜が失われる
東京都公式ページに現状課題の直接記載はないが、寺社建築そのものの新築需要が減少する中で、装飾彫刻の受注機会自体が構造的に縮小しているとみられる
English: Edo wood carving (Edo kibori)(Edo kibori is Tokyo's tradition of chisel-carved architectural and shrine ornamentation, developed by miya-bori specialists who split off from master carpenters in the Edo period to carve dragons, plants, and figures meant to endure for a hundred years or more.)