日本の生業と、世界の似たサービス > 人形師(江戸衣裳着人形)
江戸時代(元禄年間に十軒店で雛市が開設され発展。都指定は昭和59年、国指定は平成19年)
| 日本|人形師(江戸衣裳着人形) | 世界|欧州の衣装人形職人(フランス・ドイツのビスクドール等、本仕立ての衣装を縫って着せ付ける人形師の系譜) | |
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| アプローチ | 頭・胴体・手足を胡粉で5回以上上塗りし、面相描きで目や眉、口紅を施したうえで、針金で手足を組み、綿や木毛で肉づけしながら本仕立ての衣裳を着せ付ける、100以上の工程からなる。5代将軍徳川綱吉の元禄年間(1688〜1704)に「十軒店」で雛市が開設されたことが江戸の人形作り発展の起点とされる | 欧州のビスクドール(フランス・ドイツ)は、陶製(ビスク焼成)の頭部と関節可動の胴体に、実物の布地で仕立てた既製ドレスやオーダーメイドの衣装を着せ付ける方式が中心で、19世紀のパリでは『ファッションドール』として最新の流行を伝える役割も担った |
| 使う道具(日本側) | 胡粉刷毛、面相筆、針金、木彫り用の小刀 | |
| 使う素材(日本側) | 胡粉、絹織物、綿・木毛、針金 | |
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=インド・コルカタのクマルトゥリ地区の祭礼人形職人(ドゥルガー・プジャー等の祭礼で、粘土の胴に本物の衣装や装飾品を着せ付ける人形制作の伝統)
日本の衣裳着人形は五節句という年中行事の中で祈りの対象として発達したため、胡粉の肌と木彫りの表情による『人間らしい空気感』の演出に力点が置かれた。欧州のドールは玩具・社交界の流行伝達という世俗的な役割が強く、陶器の量産技術と結びついて発達した
| 事業者数(現在) | —(未確認) |
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| 事業者数(ピーク時) | —(未確認) |
| ピークの年 | —(未確認) |
| 統計の基準年 | —(未確認) |
| 後継者不足度 | ★★★☆☆ |
| 統計の出典URL | —(未確認) |
胡粉を5回以上塗り重ねる肌の質感と、瞼の開き具合や目の距離で表情を作り分ける面相描きの技術、100以上の工程を経て本仕立ての衣裳を着せ付ける総合技術が失われる
少子化により節句人形市場自体が縮小傾向にあるとみられるが、東京都公式ページに定量的な現状課題の記載は確認できなかった
産地|東京都台東区(十軒店の伝統を継ぐ問屋街)(東京都) 世界の対比先|欧州
English: Edo dressed doll (Edo ishogi ningyo)(Edo ishogi ningyo are Tokyo's dressed festival dolls, built from powdered-shell-coated heads and hand-sewn silk costumes through more than 100 steps, a tradition that grew out of the doll markets opened at Jukkendana in the Genroku era.)