日本の生業と、世界の似たサービス > 額縁職人(東京額縁)
明治時代(明治25年〈1892年〉、塗師の長尾健吉が芝愛宕町に工場を建てたのが専門額縁師の最初とされる)
| 日本|額縁職人(東京額縁) | 世界|欧州(フランス・イタリア)の額縁職人(木彫りの上に石膏地を盛り金箔を押す「ドレ」技法で額を仕立てる工房) | |
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| アプローチ | 和額・洋額の両方を一貫して手がけ、外縁の留め接ぎをクサビや千切で補強し、和額は精製漆の手塗りや箔押し、洋額は天然木材の直彫りや雌型による飾り型の押しつけで仕上げる。かつて分業していた指物師・仏師・塗師の技術を一つの工房に集約し、画家や画商と議論しながらデザインを決める「定番の無い」注文生産が特徴 | 欧州の額縁職人(フランス語でドレ)は、木彫りの装飾の上に石膏地(ジェッソ)を盛り、水押し金箔で仕上げる「ドレ・フランセ」技法を中心に発達し、ルネサンス以降の絵画様式(バロック・ロココ等)に対応した規格的な様式デザインが確立している |
| 使う道具(日本側) | クサビ、千切、彫刻刀、雌型(飾り型の押しつけ用) | |
| 使う素材(日本側) | 天然木材、漆、金箔、石膏地(洋額の下地) | |
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=イタリア・フィレンツェの額縁職人(ルネサンス期から続く「コルニーチェ」工房。彫刻と金箔で額を仕立てる伝統が現在も続く)
日本の額縁文化は明治の洋画流入とともに始まったため、様式の蓄積がない代わりに、和額(漆・木地)と洋額(彫刻・金箔)の両技法を一つの工房が横断的に扱う柔軟性が生まれた。欧州は長い絵画史の中で額装様式そのものが体系化されたため、様式ごとに専門化した装飾規格が発達した
| 事業者数(現在) | —(未確認) |
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| 事業者数(ピーク時) | —(未確認) |
| ピークの年 | —(未確認) |
| 統計の基準年 | —(未確認) |
| 後継者不足度 | ★★★☆☆ |
| 統計の出典URL | —(未確認) |
画家や画商と対話しながら定番のないデザインを一点ずつ導き出す注文対応力と、和額(漆・木地仕上げ)と洋額(彫刻・金箔)を一貫して手がける明治以来の技術集約が失われる
東京都公式ページに現状課題の直接記載はないが、注文一点生産という性質上、量産フレームとの価格競争が構造的な課題になっていると考えられる
産地|東京都台東区・練馬区周辺(東京都) 世界の対比先|欧州
English: Tokyo picture frame (Tokyo gakubuchi)(Tokyo gakubuchi are custom-made picture frames that emerged with the arrival of Western-style painting in the Meiji era, made by artisans who handle both Japanese-style lacquered frames and Western-style carved, gilded frames within a single workshop.)