日本の生業と、世界の似たサービス > 仏壇職人(七尾仏壇)
室町時代、蓮如上人の能登布教期に起源を持つとされ、応永16年(1409年)に守護・畠山満則が伝統技術産業を保護したことが基礎になったとされる。1978年7月に経済産業大臣指定伝統的工芸品となった
| 日本|仏壇職人(七尾仏壇) | 世界|ロシア正教の家庭用聖像画(イコン)コーナー「赤い隅(クラスヌイ・ウーゴル)」(金箔・装飾を施した聖像画を家庭の一角に飾り日々祈りを捧げる文化) | |
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| アプローチ | 段廻り・二重鏡板・框組・上卓・蒔絵・金具に他産地にない技術を持つとされ、手作業を中心に据え、漆塗りと金箔加工による荘厳で重厚な造りを特徴とする | 木製キャビネットの内部に彫刻・絵画で聖人像を配置し、両開きの扉で普段は閉じておく祭壇型家具を作る(家具職人と画家の分業) |
| 使う道具(日本側) | 鉋、彫刻刀、蒔絵筆、金箔押し道具 | |
| 使う素材(日本側) | 木材、金箔、漆 | |
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=フィリピンの「ウルナ(urna)」(聖人像を納めるガラス扉付きの木箱、カトリック家庭で日々の祈りの対象として飾る文化)
七尾仏壇の起源は室町時代、蓮如上人が能登地方で布教を行った時期に遡るとされる。応永16年(1409年)、能登の守護として七尾に入った畠山満則が蒔絵・彫刻・漆工等の伝統技術産業を保護・育成し、今日の七尾仏壇の基礎を築いたとされる。江戸時代初期には「塗師町」「木町」「大工町」等の職人町が既に形成され、明治初期には現在の七尾仏壇協同組合の前身にあたる「七尾町塗師仲間」の存在が確認されている。1978年7月に国の伝統的工芸品に指定された。
| 事業者数(現在) | —(未確認) |
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| 事業者数(ピーク時) | —(未確認) |
| ピークの年 | —(未確認) |
| 統計の基準年 | —(未確認) |
| 後継者不足度 | ★★★★☆ |
| 統計の出典URL | —(未確認) |
室町時代の能登守護・畠山満則による技術保護に始まり、江戸初期にはすでに職人町を形成していたという600年以上の産地の記憶。
核家族化・住宅の洋室化による「仏間」を持つ家庭の減少、能登半島という地理的制約下での後継者確保の難しさ
English: Nanao Butsudan (Nanao Buddhist Altar) Maker(A Nanao butsudan maker builds household Buddhist altars in a Noto Peninsula town where craftsmen's quarters for lacquerers, woodworkers, and carpenters were already established by the early Edo period.)