日本の生業と、世界の似たサービス

日本の生業と、世界の似たサービス > 陶芸家・窯元(壺屋焼)

陶芸家・窯元(壺屋焼)世界の似たサービス ─ ヨーロッパの磁器工房(マイセン、ドイツ)

1682年、琉球王府が美里村知花窯・首里宝口窯・那覇湧田窯を牧志村南に統合したのが直接の起源とされる

共通の目的土から器を形づくり、焼き固めて日用と鑑賞を兼ねる器を作る

やり方が、どう違うのか

日本|陶芸家・窯元(壺屋焼)世界|ヨーロッパの磁器工房(マイセン、ドイツ)
アプローチマイセン等の欧州磁器工房は、宮廷の庇護のもと単一の王立製陶所に技術者を集約し、統一されたブランドのもとで磁器を製造する
使う道具(日本側)
使う素材(日本側)

⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。

もうひとつの世界の対比例=景徳鎮の陶工(中国。東アジアの交易ネットワークの中で発達した陶芸という点で構造が近い、参考比較)

なぜ違いが生まれたのか

14〜16世紀の琉球王国は東アジア屈指の交易拠点であり、東アジア各地の製陶技術が流入する土壌があった。1609年の薩摩侵攻で海外貿易が下火になると、尚貞王が朝鮮から陶工を招いて製陶技術の習得に力を入れ、荒焼・上焼の技術基盤が整った。欧州は宮廷の庇護のもと単一ブランドの磁器製造を国家事業として推進した

五感で味わう価値・職人のこだわり

もし消えたら、何が失われるのか

現在(調査時点)
24名
事業者数(現在)24名
事業者数(ピーク時)—(未確認)
ピークの年—(未確認)
統計の基準年—(未確認)
後継者不足度★★★☆☆
統計の出典URLhttps://tuboya.com/cooperative/

失われるもの(数字にならないもの)

東アジアの交易と王府の政策が交差して生まれた、上焼(実用の日用品)と荒焼(魔除けのシーサー等)という2系統が同じ産地に共存する技術体系

いま直面している問題

住宅事情の変化による大型陶器需要の縮小、那覇市中心部という立地での原料調達・焼成環境の維持、後継者不足

出典

産地|沖縄県那覇市壺屋(沖縄県) 世界の対比先|欧州

English: Tsuboya ware (Ryukyu Kingdom-era pottery and shisa lions)(Tsuboya ware from Naha splits into glazed everyday tableware and unglazed, higher-fired large vessels—including the guardian shisa lion-dogs—rooted in a 1682 royal consolidation of three separate kiln villages.)