日本の生業と、世界の似たサービス > 陶芸家・窯元(石見焼)
18世紀中頃、周防国・備前国から技術を学んで発達したとされる
| 日本|陶芸家・窯元(石見焼) | 世界|ヨーロッパの磁器工房(マイセン、ドイツ) | |
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| アプローチ | 太い紐状の粘土を轆轤の上に積み上げてから平らにならし、半乾きになったところでさらに積み上げる「しの作り」という技法で、一抱えもある大型の水甕(はんどう)を作る。粘着性の強い都野津層の粘土を耐火限界ぎりぎりの高温で焼き上げ表面をガラス化させることで、耐酸・耐塩・耐水性に優れた堅牢な器に仕上げる | マイセン等の欧州磁器工房は、宮廷の庇護のもと単一の王立製陶所に技術者を集約し、統一されたブランドのもとで小型の装飾磁器を製造する |
| 使う道具(日本側) | 轆轤、紐状の粘土を積み上げる道具 | |
| 使う素材(日本側) | 都野津層の陶土、来待釉(茶褐色)、温泉津石(青みを出すアルカリ釉薬) | |
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=景徳鎮の陶工(中国。一つの産地で大型陶器を焼く伝統がある点で構造が近い、参考比較)
18世紀中頃、周防国・備前国から本格的に技術を学んで発達したとされ、都野津層という粘着性の強い陶土が地元で採れたことから、他産地では作りにくい大型の甕を高温焼成で作る技術が発達した。江戸時代後期には北前船で全国に出荷され、名を広めた。欧州は宮廷向けの小型で精緻な装飾磁器を志向した
| 事業者数(現在) | —(未確認) |
|---|---|
| 事業者数(ピーク時) | 100軒超 |
| ピークの年 | 明治時代 |
| 統計の基準年 | —(未確認) |
| 後継者不足度 | ★★★★★ |
| 統計の出典URL | https://www.pref.shimane.lg.jp/industry/syoko/sangyo/dentou_kougei/kougei/kougei_03.html |
都野津層の陶土を耐火限界近い高温で焼きガラス化させることで生まれる、耐酸・耐塩・耐水性に優れた大型甕を作る「しの作り」の技術
明治時代の100軒超から現存わずかへの大幅な縮小、大型甕の需要そのものの縮小(プラスチック容器の普及等)、後継者不足
English: Iwami ware (acid-and-salt-resistant giant jars)(Iwami ware is known for hand-built giant water jars, coiled up on the wheel from a dense local clay and fired near the kiln's heat limit until the surface vitrifies into an acid- and salt-resistant glaze.)