日本の生業と、世界の似たサービス > 阿波正藍しじら織の織元
大正7年(1918年)頃に軽く涼しい着心地が評判を呼び全国的に需要が拡大したとされ、昭和53年(1978年)に国の伝統的工芸品に指定された
| 日本|阿波正藍しじら織の織元 | 世界|アメリカ南部のシアサッカー(seersucker)織元(軽くしわ加工された通気性の良い夏用綿織物の職人) | |
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| アプローチ | 地元産の阿波藍で染めた木綿糸を用い、経糸に強弱の張力差をつけて織ることで布面に自然な凹凸(シボ)を生み、汗ばむ徳島の夏でも肌に張り付かない浴衣・着尺地として発達させた | アメリカ南部の職人が、経糸の一部をたるませて織ることで表面に規則的なしわを作り、アイロン不要で通気性の良い夏用スーツ・シャツ地としてシアサッカーを織る |
| 使う道具(日本側) | 高機、天然藍(本建て発酵建て)、木綿糸 | |
| 使う素材(日本側) | 木綿糸、阿波藍 | |
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=インド・アーンドラプラデーシュ州の職人が織る「シール・オ・シャカール(Shir-o-Shakar)」ストライプ木綿(シアサッカーの語源となった、ペルシャ語で「乳と砂糖」を意味する凹凸織物)
徳島は高温多湿の瀬戸内式気候で、汗ばむ夏を涼しく過ごす工夫として「しじら」の凹凸が発達した。アメリカ南部も高温多湿の気候の中で、同じく布面に凹凸を作ることで涼しさを得るという、気候条件から独立に同じ発想へたどり着いた点が興味深い
| 事業者数(現在) | 確認できていない |
|---|---|
| 事業者数(ピーク時) | 200軒以上 |
| ピークの年 | 大正7年 |
| 統計の基準年 | 大正7年 |
| 後継者不足度 | ★★★★☆ |
| 統計の出典URL | https://www.pref.tokushima.lg.jp/kenseijoho/tokushimakennitsuite/tokushimakennosangyo/dentosangyo/shijiraori/(徳島県公式、取得日2026-08-18) |
大正7年(1918年)頃の最盛期には徳島県内で年間生産反数150万反に達したが、洋装化・きもの離れで激減したという盛衰の記録
きもの・浴衣需要の縮小、最盛期比で織元数が大きく減少しているとみられること、天然灰汁発酵建ての藍染め職人の後継者確保
産地|徳島県徳島市周辺(徳島県) 世界の対比先|その他・分類なし
English: Awa Shoai Shijira-ori (Awa indigo-dyed crinkle weave)(An Awa-shijira-ori weaver varies thread tension while weaving indigo-dyed cotton to raise a natural pucker across the cloth, arriving at the same cool, skin-off summer texture the American South found in seersucker.)