日本の生業と、世界の似たサービス > 陶芸家・窯元(上野焼)
安土桃山時代(慶長7年・1602年)、朝鮮人陶工・尊楷が開窯したとされる
| 日本|陶芸家・窯元(上野焼) | 世界|韓国・京畿道利川(イチョン)の陶芸村(李朝の陶工技術を今も伝える、政府認定の伝統陶芸家集落) | |
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| アプローチ | 軽量で薄手の素地に緑青釉・蕎麦皮釉(そばかわゆう)・白釉などを掛け分け、遠州七窯の一つとして小堀遠州の「綺麗さび」の美意識に沿った上品な茶陶を発達させた | 利川の陶芸家が、朝鮮王朝時代から続く技法で白磁・粉青沙器を焼き、韓国政府の陶磁器文化振興策のもと伝統技術を今日まで伝える |
| 使う道具(日本側) | ろくろ、複数の釉薬(緑青釉・蕎麦皮釉等)、登り窯 | |
| 使う素材(日本側) | 地元産の陶土 | |
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=イタリア・ファエンツァのマヨリカ陶器職人(複数の色釉を掛け分ける、ルネサンス期からの陶器の系譜)
上野焼は文禄・慶長の役(1592〜1598年)の際に豊臣秀吉方の大名・細川忠興が朝鮮から連れ帰った陶工・尊楷(そんかい)が開窯したという直接の由来を持つ。利川は李朝の陶芸文化そのものが今も続く現地であり、上野焼はいわばその技術が海を渡った先という関係にある
| 事業者数(現在) | 9軒 |
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| 事業者数(ピーク時) | —(未確認) |
| ピークの年 | —(未確認) |
| 統計の基準年 | —(未確認) |
| 後継者不足度 | ☆☆☆☆☆ |
| 統計の出典URL | https://www.aganoyaki-fukuchi.com/(上野焼協同組合公式、取得日2026-08-18) |
朝鮮出兵の際に連れ帰られた陶工・尊楷が開いたという由来と、江戸期に茶人・小堀遠州が選んだ「遠州七窯」の一つという格式、軽やかな薄づくりと多彩な釉薬の掛け分け
「上野」を「うえの」と誤読され知名度が伸び悩むこと、後継者確保、遠州七窯としての格式と量産市場の両立
産地|福岡県田川郡福智町上野(福岡県) 世界の対比先|アジア
English: Agano ware (Agano-yaki)(An Agano-yaki potter throws light, thin-walled tea ceremony ware glazed in green and straw tones, a lineage founded by a Korean potter brought to Japan after the 1590s invasions of Korea.)