日本の生業と、世界の似たサービス > 南部鉄器職人(鋳物師)
江戸時代初期の慶長年間(1596〜1615年)、盛岡藩主南部氏が盛岡城を築城した際に京都から釜師・鋳物師を招いたのが始まりとされる
| 日本|南部鉄器職人(鋳物師) | 世界|ヨーロッパの鋳鉄鍋工房(フランスの琺瑯鋳物等) | |
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| アプローチ | 川砂と粘土で作った「惣型」に溶かした鉄を流し込み、表面に細かい「霰(あられ)文様」を型で刻んで質感を出し、無塗装のまま鉄肌を活かして仕上げる | 鋳型に鉄を流し込んだ後、表面をガラス質の琺瑯(ホーロー)で覆い、色付きの滑らかな光沢仕上げにして錆びを防ぐ |
| 使う道具(日本側) | 鋳型(惣型)、川砂、こしき(溶解炉)、やっとこ(湯汲み道具) | |
| 使う素材(日本側) | 銑鉄、川砂、粘土 | |
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ実測しています(CSVに世界側の対になる列が無いため、 世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=朝鮮半島の鋳物師(주물장)。同じく鉄瓶・鍋の鋳造技術を持つが、日本の南部鉄器ほど茶の湯文化と結びついた発展はしていないとされる
南部藩は良質な砂鉄・木炭に恵まれ、茶の湯釜の産地として発達したため鉄肌そのものを景色として愛でる美意識が根付いた。ヨーロッパは鉄を保存・耐久性の高い日用調理器として実用重視で発達させ、洗いやすく錆びにくい琺瑯仕上げが磨かれた。
| 事業者数(現在) | 要取得(岩手県の解説記事に「74事業所・約730名の職人」という記載を確認したが、出典が観光・ふるさと納税系サイトで一次情報の基準を満たさないため数値として不採用。南部鉄器協同組合・水沢鋳物工業協同組合いずれの公式サイトにも組合員数・従事者数の明記は確認できなかった) |
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| 事業者数(ピーク時) | 要取得 |
| ピークの年 | 要取得 |
| 統計の基準年 | 要取得 |
| 後継者不足度 | ★★★☆☆ ★3(一次情報での定量的な後継者不足データは確認できなかったが、経済産業大臣指定伝統的工芸品の産地として組合が研修・後継者育成に取り組んでいることは各種紹介記事で共通して言及されており、間接的な根拠にとどまるため確度は中程度と判断) |
| 統計の出典URL | 要取得 |
川砂を使った「惣型」鋳造という手仕事による鋳物技術と、鉄瓶で沸かした白湯が水をまろやかにするという茶の湯釜以来の暮らしの知恵。
職人の高齢化・後継者不足に加え、海外製の安価な『南部鉄器風』模造品との競合、原料となる砂鉄・木炭の調達コスト上昇が課題とされる。
南部鉄器協同組合(ginga.or.jp/nanbu/)・岩手県公式サイトのいずれも組合員数・従事者数の明記を確認できなかった。検索エンジンの要約には『岩手県内で74の事業所、約730名の職人が従事』という数値が見られたが、出典がふるさと納税ブログ(furunavi.jp)であり一次情報の基準(公式・公的機関・業界団体)を満たさないため、本表20〜24列には採用せず要取得とした。南部鉄器は経済産業大臣指定伝統的工芸品の指定順1番目(昭和50年指定)とされる。
産地|岩手県盛岡市・奥州市水沢(南部鉄器)(岩手県) 世界の対比先|欧州
English: Nambu Tekki artisan (Nambu ironware maker)(A Nambu Tekki artisan pours molten iron into a hand-packed sand mold to cast a kettle whose bare iron surface tempers water and needs no enamel coating.)