日本の生業と、世界の似たサービス

日本の生業と、世界の似たサービス > 注染職人(越後本染注染手拭)

注染職人(越後本染注染手拭)世界の似たサービス ─ インドネシアのバティック(ろうけつ染め)職人

注染技法自体は江戸時代初期に堺で確立、新潟での導入は1914年(大正3年)頃、県の伝統工芸品認定は2022年(令和4年)5月

共通の目的型を使って防染し、布の両面に模様を染め抜く伝統的な染色技法で日用の布製品を作る

やり方が、どう違うのか

日本|注染職人(越後本染注染手拭)世界|インドネシアのバティック(ろうけつ染め)職人
アプローチ溶かした蝋を筆や道具で布に置いて防染し、染料に浸けてから蝋を落とすことで模様を浮かび上がらせる(ろうけつ染め)
使う道具(日本側)
使う素材(日本側)

⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。

もうひとつの世界の対比例=英国のブロックプリント(木版更紗)、フランスのトワル・ド・ジュイ(銅版更紗)

なぜ違いが生まれたのか

注染は堺で確立され伊勢の型紙屋を通じて全国に広まった型染めの技術が母体にあり「染料を注ぐ」という独自の量産的発想で両面染めを可能にしたのに対し、バティックは蝋という別の防染素材を使う手仕事中心の技法として発達した

五感で味わう価値・職人のこだわり

もし消えたら、何が失われるのか

事業者数(現在)確認できていない
事業者数(ピーク時)—(未確認)
ピークの年─
統計の基準年─
後継者不足度★★★★☆
統計の出典URL─

失われるもの(数字にならないもの)

江戸時代初期に堺で確立され伊勢の型紙屋を通じて全国に広まった技法が新潟の地に根付き、260年以上続く染工場(越後亀紺屋・藤岡染工場)が2022年になってようやく県の伝統工芸品に認定されたという、評価の遅れそのものが物語る希少性が失われる

いま直面している問題

手拭い自体の日用品としての需要縮小、2022年認定という知名度の低さ

出典

産地|新潟県阿賀野市水原(新潟県) 世界の対比先|アジア

English: Echigo Honzome Chusen (Echigo hand-dyed tenugui)(Echigo chusen dyers pour dye through a stenciled cotton cloth and draw it through from beneath, coloring both sides of a tenugui hand towel at once, a technique this 260-year-old Niigata dye house adopted around 1914.)