日本の生業と、世界の似たサービス > 鋳物師(芦屋釜)
南北朝時代(14世紀半ば)に発祥、16世紀に一度完全に途絶え、平成期に「芦屋釜の里」で復興
| 日本|鋳物師(芦屋釜) | 世界|イタリア・ルネサンス期のブロンズ鋳造師(フォンディトーレ) | |
|---|---|---|
| アプローチ | 肌に文様を浮き立たせた鉄地を薄く鋳造し、茶の湯釜として湯を沸かす実用性と、松風と呼ばれる湯の沸く音を愛でる鑑賞性を両立させる | 青銅を鋳造して彫像・レリーフ・教会の鐘等、大型で装飾性の高い作品に仕立て、実用よりも造形美と象徴性を優先する |
| 使う道具(日本側) | 鋳型、鞴(ふいご)、鑢 | |
| 使う素材(日本側) | 鉄 | |
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=既存行「南部鉄器職人(鋳物師)」(同じ日本国内の鋳鉄・鉄器という技術系統だが用途・様式が異なる)
芦屋釜は茶の湯という精神性の高い儀礼のための道具として「静寂の中の音」を追求する方向に発達し、欧州のブロンズ鋳造は教会・宮廷の権威を視覚的に示す大型彫刻の方向に発達した
| 事業者数(現在) | 確認できていない |
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| 事業者数(ピーク時) | —(未確認) |
| ピークの年 | 15世紀後半 |
| 統計の基準年 | ─ |
| 後継者不足度 | ★★★★★ |
| 統計の出典URL | ─ |
国指定重要文化財の茶の湯釜9点のうち8点を占めるとされるほどの最高峰の評価を持ちながら、大内氏の滅亡とともに16世紀に姿を消し、平成の世になって芦屋釜の里の復興事業でようやく蘇ったという「一度完全に廃絶した」歴史が失われる
約400年の断絶を経ての復興であるため技術継承の蓄積が薄いこと、公的事業への依存度の高さ
English: Ashiya-gama (Ashiya tea ceremony iron kettle)(Ashiya-gama, considered the finest tea-ceremony iron kettles ever made in Japan, vanished from production for roughly 400 years after the fall of the Ouchi clan before a town-run workshop revived the craft in the Heisei era.)