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毛針職人(加賀毛針)世界の似たサービス ─ 欧米のフライタイヤー(西洋式フライフィッシングの毛鉤製作者)
江戸時代(加賀藩の武士の内職として発祥)、目細八郎兵衛商店の創業は1575年
共通の目的羽根や糸を鉤に巻きつけて虫に似せ、魚をだまして釣り上げる疑似餌を作る
やり方が、どう違うのか
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、
世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=既存行「毛鉤職人(播州毛鉤)」=兵庫県西脇市・多可町の毛鉤づくり(日本国内のもう一つの代表的な毛鉤産地)
なぜ違いが生まれたのか
加賀毛針は武士の精神修養として「殺生をなるべく避ける」という価値観のもと擬似餌釣りが奨励された経緯を持つのに対し、欧米のフライフィッシングはスポーツ・レジャーとしての狩猟文化の延長で発達した
五感で味わう価値・職人のこだわり
- 出会える舞台・空間|金沢市安江町にある目細八郎兵衛商店は天正3年(1575)創業、440年余り続く針の老舗で、加賀毛針の技法を使ったフェザーアクセサリー(ブローチ)製作体験(60分から90分、2,000円、要事前予約)を受け付けている。金沢駅の中2階待合室には、釣り人が毛針を選ぶ毛針ケースをイメージした展示があり、鮎用だけでなくイワナ・ヤマメを釣る渓流用の毛針も間近で見ることができる。毎年6月16日の解禁とともに、犀川・浅野川では鮎釣りに使われる毛針の出番が生まれる。
- 五感|わずか1cmほどの釣り針に、おしどりやかわせみ、キジ、孔雀など野鳥の羽を虫の体毛に似せて極細の絹糸で巻きつけ、皮を使うこともある。頭には漆で玉をつくって金箔を貼り、水中で光を受けると虫の目のように光る。羽の色合いと金箔の輝きが川底の光の中でゆらめき、渓流用にはイワナ・ヤマメが好む色や形が選ばれる。仕上がった毛針は針からテグスが抜けにくいよう作られ、指先でつまむと羽毛の柔らかさと絹糸の締まりの両方を感じ取れる。近年は伝統的な羽毛だけでなく、光を強く反射するラメなど現代的な素材を取り入れた毛針もつくられている。
- 異常なこだわり|羽毛を絹糸で針に巻きつける工程は根気のいる仕事とされ、女子職人が多く従事し、家庭婦人の内職としても長く担われてきた。同じ形に見えても年ごとに毛針は少しずつモデルチェンジされ、川虫の色や動きの変化に合わせて羽の種類や巻き方が調整される。目細八郎兵衛商店では17代目当主が、加賀藩御用商人として代々受け継いできた縫い針づくりの技をもとに、独自に毛針の製作を始めたと伝わっており、いまも目細勇治さんら複数の職人が同じ店で製作にあたっている。産地をまとめる「加賀毛針の会」も同じ金沢市安江町にある。
- 外国人の驚き|わずか1cmの釣り針一本に、野鳥の羽と絹糸、漆、金箔という複数の異なる素材を組み合わせ、虫そっくりの姿を再現していることに驚かれる。江戸時代には鮎釣りが武士だけに許された特権で、毛針づくりも武士の内職から始まったという由来にも意外性を感じる人が多い。同じ加賀毛針でも鮎用と渓流用でまったく違う色・形に作り分けられているという細分化にも驚く人が多い。羽と糸だけでできた繊細な作りに見えて、大切に扱えば一本の毛針で百尾以上の鮎が釣れるともいわれるほど丈夫だという点にも驚かれる。
- 豆知識|加賀毛針の起源ははっきりしないが、天保5年(1834)には江戸ですでにその名が知られていたという。金沢では江戸時代、武士の心身鍛練として川狩りが奨励され、鮎釣りは武士だけに許された特権だった。明治7、8年頃に釣りが一般に開放されると専業の釣針屋が現れ、明治23年(1890)の内国勧業博覧会出品を機に東京を中心に全国へ販路が広がった。戦中戦後は苦境にあったが、近年は釣り人口の増加とともに需要が回復しているという。犀川・浅野川では今も6月16日の解禁から秋半ばまで鮎釣りが行われ、毛針が実際に使われている。
もし消えたら、何が失われるのか
| 事業者数(現在) | 確認できていない |
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| 事業者数(ピーク時) | —(未確認) |
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| ピークの年 | ─ |
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| 統計の基準年 | ─ |
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| 後継者不足度 | ★★★☆☆ |
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| 統計の出典URL | ─ |
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失われるもの(数字にならないもの)
1575年創業とされる目細八郎兵衛商店が明治23年(1890年)の第3回内国勧業博覧会に出品して全国にその名を広めた歴史と、武士のたしなみから発達した鮎釣り文化という選択肢が失われる
いま直面している問題
鮎釣り人口自体の減少、後継者不足、羽根等の天然素材の調達
出典
産地|石川県金沢市(石川県) 世界の対比先|欧州
English: Kaga kebari (Kaga fishing fly)(Kaga kebari were hand-tied by samurai of the Kaga domain, who treated fly-fishing for ayu as a form of martial discipline more in keeping with bushido than fishing with live bait.)