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藤布織り手(丹後藤布)世界の似たサービス ─ 太平洋諸島のタパ(樹皮布)職人、欧州のイラクサ布(ネトルクロス)職人

弥生時代(紀元前10世紀〜3世紀)の遺跡から藤布が出土。近世は江戸期に丹後ちりめん普及とともに衰退、1962年の民俗調査で再発見

共通の目的植物の樹皮・蔓の繊維を糸に紡ぎ、木綿以前の時代から続く原初的な布を織り上げる

やり方が、どう違うのか

日本|藤布織り手(丹後藤布)世界|太平洋諸島のタパ(樹皮布)職人、欧州のイラクサ布(ネトルクロス)職人
アプローチイラクサ(ネトル)の茎から繊維を取り出し、亜麻と同様の工程で紡いで織り、木綿普及以前の衣料用布として用いる
使う道具(日本側)
使う素材(日本側)

⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。

もうひとつの世界の対比例=沖縄の芭蕉布(植物繊維布という広い括りでは同系統)、中国雲南省等の樹皮布文化

なぜ違いが生まれたのか

丹後の山間部は綿花栽培に不向きな土地柄で藤という身近な植物繊維に頼らざるを得ず、欧州の一部地域も同様に亜麻・イラクサという入手しやすい植物繊維に依存する形で発達したという「制約から生まれた技術」という共通点を持つ

五感で味わう価値・職人のこだわり

もし消えたら、何が失われるのか

事業者数(現在)確認できていない
事業者数(ピーク時)確認できていない
ピークの年─
統計の基準年1975年前後/1980年頃
後継者不足度★★★★★
統計の出典URL─

失われるもの(数字にならないもの)

弥生時代の遺跡からも出土する日本最古級の織物技術の一つでありながら、昭和初期には一度完全に途絶えたと考えられていたものが1962年の民俗調査で山村に細々と伝わっているのが発見された、という「消えたと思われていたものが実は生きていた」という物語が失われる

いま直面している問題

1980年時点で継承者が70〜80歳代のみという極端な高齢化、藤蔓という原料の採取自体に時間と体力を要する工程の重さ

出典

産地|京都府京丹後市(旧丹後半島の山間部)(京都府) 世界の対比先|欧州

English: Tango fuji-ori (Tango wisteria-fiber weaving)(Tango fuji-ori is woven from wisteria vine bark—a technique traced to the Yayoi period and believed extinct until a 1962 folklore survey found it still quietly practiced in a mountain village.)