日本の生業と、世界の似たサービス > 簾職人(江戸簾)
簾職人(江戸簾)世界の似たサービス ─ 地中海・中東地域のリード(葦)製ブラインド職人
7〜8世紀(万葉集に記述)、庶民への普及は17世紀(江戸時代)以降、東京都伝統工芸品指定は昭和58年(1983年)
共通の目的植物の茎を並べて編み込み、日差しや視線を遮りながら風を通す間仕切り・日よけを作る
やり方が、どう違うのか
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、
世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=東南アジアのラタン(籐)製ブラインド、中東の葦製ミシュラビーヤ(格子窓)文化
なぜ違いが生まれたのか
日本は素材そのものの自然な質感・季節感を尊ぶ美意識(万葉集にも簾の記述がある)が発達し、庶民生活の実用品として簡素なデザインが追求されたのに対し、中東・地中海地域は装飾文化の中で染色・模様付けが発達した
五感で味わう価値・職人のこだわり
- 出会える舞台・空間|江戸簾の産地は台東区と港区で、産地組合の東京簾工業協同組合も台東区千束にある。同じ千束にある明治初年創業の田中製簾所では、工房の1階で竹を割り編み上げる製作作業を見学でき、2階には仕上がった簾を並べたショールームもある。児童・生徒向けの製作体験や都内の小中高への出張授業も受け入れており、東京国立博物館平成館では台東区の伝統工芸職人展も開かれてきた工房である。
- 五感|竹はまず割る箇所に目をひき、なたや小刀で大割り・へぎ・小割り・削りと割り進めたあと、ウラ・中・モトの太さをそろえて選別する。編み方だけでも1本編み、2本編み、もじり編み、組み編み、蛇腹編み、亀甲編みと何通りもあり、編み目の詰まり方一つで簾越しの光と風の抜け方が変わる。材料はタケのほかヨシ、ハギ、ガマ、ゴギョウ、イヨダケと使い分けられ、素材ごとに手触りと色つやが違う。江戸簾は宮廷文化の影響を受けた京都の簾のような華美な装飾を排し、庶民の暮らしに合わせた実用本位のつくりを特徴とする。竹の色つやは季節によっても微妙に変わる。
- 異常なこだわり|竹は秋の彼岸から春の彼岸までの間に採ったものだけを使う。この時期の竹は肉質が固く締まり、色つやが良いためだという。東京都伝統工芸士に認定されるには、実務経験15年以上、高度な伝統的技術・技法を持ち、伝統工芸品産業振興事業の推進に協力していることが条件とされ、東京都伝統工芸品産業振興協議会の意見を聴いたうえで知事が認定する。江戸簾でこの認定を受けているのは田中製簾所の田中義弘さん・耕太朗さん親子2名だけで、同社は明治初年からの老舗で、現在の当主は五代目にあたる。弟子入りの受け入れも行い、次の世代への継承に努めている。
- 外国人の驚き|割った竹をひご状にして、糸で編み上げただけの簾が、平安時代の宮廷から江戸の商家、そして現代の住宅まで千年以上使われ続けていること。編み方の名前だけで1本編みからもじり編み、亀甲編みまで何種類もあるほど細分化されていることにも驚かれる。古い簾の修理やリフォームまで請け負う点や、材料の選定から仕上げまで一貫して手作業のため大量生産ができない点にも強く驚く人がいる。安価な輸入品が増える中でも、この手仕事がいまも続いていること自体に驚く人もいる。
- 豆知識|簾は平安時代の『枕草子』にすでに記述があり、鎌倉時代の簾は重要文化財として神奈川県の寺院に現存する。徳川家康の江戸開府以来、江戸城や武家屋敷、神社仏閣、商家などで簾が使われるようになり、江戸時代元禄期の『人倫訓蒙図彙』には、江戸の町に簾専門の職人『御簾師』がいたと記されている。古来、簾といえば伊予簾が有名だが、京都のものは『禁裏翠簾師』という宮中専門の職人が手がける最上級品とされてきた。明治5年発行の『東京府志料』には東京府内各地で簾が生産されていた状況が記されており、昭和58年に東京都伝統工芸品に指定されている。
もし消えたら、何が失われるのか
| 事業者数(現在) | 確認できていない |
|---|
| 事業者数(ピーク時) | —(未確認) |
|---|
| ピークの年 | ─ |
|---|
| 統計の基準年 | ─ |
|---|
| 後継者不足度 | ★★★★☆ |
|---|
| 統計の出典URL | ─ |
|---|
失われるもの(数字にならないもの)
7〜8世紀の万葉集にまで記述が残る歴史と、竹の採取時期(秋の彼岸から春の彼岸まで)を見極め質の良い竹を選ぶ竹割りの経験・技術という選択肢が失われる
いま直面している問題
安価な輸入品・量産品との価格競争、住宅の気密化に伴う簾そのものの需要縮小
出典
産地|東京都台東区・港区(東京都) 世界の対比先|中東 アジア
English: Edo sudare (Edo bamboo/reed blind)(Edo sudare weavers select bamboo, reed, or rush by thickness and season, then hand-weave them into blinds whose natural texture has furnished Japanese rooms since the Manyoshu poems of the 7th–8th centuries.)