日本の生業と、世界の似たサービス

日本の生業と、世界の似たサービス > 押絵羽子板職人(江戸押絵羽子板)

押絵羽子板職人(江戸押絵羽子板)世界の似たサービス ─ 欧州のバトルドア・アンド・シャトルコック(バドミントン起源の板と羽根の遊具)製作職人

室町時代(永享4年・1433年の記録)に起源、押絵の技法は文化文政期(1804〜1829年)に発達

共通の目的板状の道具に装飾を施し、新年や祝い事に贈る縁起物・遊具として仕立てる

やり方が、どう違うのか

日本|押絵羽子板職人(江戸押絵羽子板)世界|欧州のバトルドア・アンド・シャトルコック(バドミントン起源の板と羽根の遊具)製作職人
アプローチ木製の板(バトルドア)に彩色や象嵌を施し、実際に羽根つき遊戯の道具として使う実用品として仕立てる
使う道具(日本側)
使う素材(日本側)

⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。

もうひとつの世界の対比例=中国の羽根蹴り遊戯(毽子・ジェンズ)文化圏の装飾道具

なぜ違いが生まれたのか

日本は文化文政期の歌舞伎人気と浮世絵文化が結びつき「役者羽子板」という肖像画的な鑑賞物へ発展したのに対し、欧州のバトルドアは実際に打ち合う遊戯道具としての実用性が優先され装飾は副次的なものにとどまった

五感で味わう価値・職人のこだわり

もし消えたら、何が失われるのか

事業者数(現在)確認できていない
事業者数(ピーク時)—(未確認)
ピークの年文化文政期
統計の基準年─
後継者不足度★★★★☆
統計の出典URL─

失われるもの(数字にならないもの)

室町期永享4年(1433年)の宮中の記録にまでさかのぼる羽根つきの歴史と、文化文政期に爆発的に流行した「役者羽子板」という浮世絵文化と一体化した押絵の技術が失われる

いま直面している問題

正月飾りとしての需要縮小、歌舞伎ファンという限定的な顧客層への依存

出典

産地|東京都墨田区・江東区・葛飾区ほか(東京都) 世界の対比先|欧州 中東

English: Edo oshie-hagoita (Edo padded-cloth-relief battledore)(Edo oshie-hagoita are decorative wooden paddles built up with cotton-stuffed cloth into three-dimensional portraits of kabuki actors, sold each December at Asakusa's centuries-old hagoita fair.)