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鍛冶職人(種子鋏)世界の似たサービス ─ ドイツ・ゾーリンゲンの鋏鍛冶職人
1543年(鉄砲伝来と同時期とされる)
共通の目的鋼を鍛えて刃を作り、布や紙を狙い通りに精密に切断する道具を仕立てる
やり方が、どう違うのか
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、
世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=中国・明代の「唐鋏」(種子鋏の直接の起源とされる)、フランスのノジャン刃物産地の鋏鍛冶
なぜ違いが生まれたのか
1543年にポルトガル船(明国船)漂着による鉄砲伝来の地・種子島で、鉄砲鍛冶の技術を持つ鍛冶師が同時に鋏の製法も伝えたとされ、日本刀の鍛接技術がそのまま刃物全般に応用された特異な発祥経緯を持つ
五感で味わう価値・職人のこだわり
- 出会える舞台・空間|現在、種子鋏をつくるのは西之表市内の田畑刃物製作所と池浪刃物製作所の2軒のみで、鍛冶師・田畑実さん(70歳)と妻の久恵さん、弟の俊郎さん(65歳)の3人が材料を熱して打つ工程を担い、製品は同じ西之表市の池浪刃物製作所でアッセンブリーされて1本の鋏に仕上がる。田畑刃物製作所の販売を担ってきた池浪刃物製作所の恒川拓希さんは、2018年に働き始めたのち、打つ技術も10年かけて身につけたいと申し出て、実さん夫妻のもとで修行を始めている。
- 五感|真っ赤に熱せられた小さな金属片が繰り返し叩かれ、粘土のようにやわらかくしなやかに姿を変えていく。刃には特有の湾曲とねじれが与えられ、2枚の刃は面ではなく1点だけで触れ合いながら擦り合うため、使うたびに刃どうしが互いを研ぎ合う独特の手応えが生まれる。作業場では会話がほとんどなく、3人が黙々と手を動かし続ける、呼吸の合った静けさも種子鋏の現場の空気である。別々に打ち上げられた鋏の一片を箱に立てて並べると、精緻に同じフォルムが繰り返される様子も見て取れる。
- 異常なこだわり|焼き入れは400度に熱した液状の鉛に浸けたのち800度の鉛に浸してから水で一気に冷やし、続く焼き戻しは180度の油に1時間浸けて粘りを持たせる。この2工程は一発勝負でやり直しがきかず、田畑さんは「この2つがうまくいかないと鋏に命は込められない」と話しているという。焼き入れ・焼き戻しを終えた2片は目釘でカシメ合わせて1組に組み上げるが、この組み合わせはその2片だけでしか成り立たず、他の刃とは入れ替えができない。刃は本来、極軟鋼に高炭素鋼を鍛接する日本刀と同じ製法でつくられるが、田畑さんの工房ではあらかじめ地金と鋼を合わせた金属板(利器材)を使い、鍛接そのものは行わない。それでも抜群の切れ味と精巧な仕上がりには、刀剣をつくるに等しい熟練した技術が必要とされている。
- 外国人の驚き|刃と刃が面ではなく1点だけで触れ合いながら使うたびに互いを研ぎ合うという構造や、対になる2片が他のどの刃とも組み替えられない一点物として仕上げられる点に驚く外国人が多いという。1543年にポルトガル船で漂来した鉄砲と同じ船に、鋏の鍛冶技術を伝えた明国の職人が乗り合わせていたという由来も、意外な組み合わせとして語られる。
- 豆知識|1543年、種子島に漂着したポルトガル船には鉄砲だけでなく明国の鍛治師も乗り合わせており、それまでの和鋏と区別して「唐鋏」と呼ばれる新しい鋏づくりの技術が伝わったとされる。鉄砲が「種子島」と呼ばれたのと同様に、この鋏もやがて「種子鋏」と呼ばれるようになったというが、唐鋏を改良して種子鋏になったという経緯を裏付ける資料・文献は無く、あくまで口承だとされている。最盛期の昭和10年(1935年)頃には生産業者27、従業者64人という記録が残るが、後継者不足のいま製作を続けるのは2軒のみとなった。平成24年(2012年)1月20日には文化審議会が「西之表の種子ばさみ製作技術」を国の無形民俗文化財に選択するよう答申している。池浪刃物製作所は一時、当代限りで販売をやめる考えだったが、恒川さんの申し出で種子鋏・種子包丁の全国販売が続けられている。
もし消えたら、何が失われるのか
| 事業者数(現在) | 確認できていない |
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| 事業者数(ピーク時) | 確認できていない |
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| ピークの年 | 昭和初期以前 |
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| 統計の基準年 | ─ |
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| 後継者不足度 | ★★★★★ |
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| 統計の出典URL | ─ |
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失われるもの(数字にならないもの)
鉄砲伝来と同時期に伝わったとされる日本初のハサミの製法と、日本刀の鍛接技術をそのまま応用した「切れば切るほど切れ味が増す」という独自の刃の系譜が失われる
いま直面している問題
製造元が3軒程度に収縮した後継者不足、原料となる鋼材の調達、量産洋鋏との価格競争
出典
産地|鹿児島県西之表市(種子島)(鹿児島県) 世界の対比先|欧州
English: Tanebasami (Tanegashima scissors)(Tanegashima scissors trace their origin to 1543, when the same Portuguese-linked contact that brought firearms to Japan is said to have also brought scissor-forging technique to the island.)