日本の生業と、世界の似たサービス

日本の生業と、世界の似たサービス > 丹波布織り手

丹波布織り手世界の似たサービス ─ 英国のハリス・ツイード織り手(アウター・ヘブリディーズ諸島の手織り羊毛織物)

文政年間(1818〜1830年)頃に発祥、明治末期に一度途絶えかけ、1953年(昭和28年)に柳宗悦により再発見・命名され復興

共通の目的手紡ぎの糸を手織りし、素朴で丈夫な地域固有の織物を作る

やり方が、どう違うのか

日本|丹波布織り手世界|英国のハリス・ツイード織り手(アウター・ヘブリディーズ諸島の手織り羊毛織物)
アプローチ手紡ぎの羊毛を地元の草木染めで染め、家庭内の織機で手織りしてツイード特有のざっくりとした風合いと保温性を出す
使う道具(日本側)
使う素材(日本側)

⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。

もうひとつの世界の対比例=アイルランドのドニゴール・ツイード、北欧の手紡ぎ・手織り伝統(フィンランドのライ等)

なぜ違いが生まれたのか

日本は農家の女性が冬の内職として木綿と絹を手織りしたのに対し、スコットランドの島嶼部では牧羊が盛んで羊毛が身近な素材だったため、地域の主要産業(綿作/牧羊)の違いがそのまま素材の違いになった

五感で味わう価値・職人のこだわり

もし消えたら、何が失われるのか

事業者数(現在)確認できていない
事業者数(ピーク時)—(未確認)
ピークの年─
統計の基準年─
後継者不足度★★★★☆
統計の出典URL─

失われるもの(数字にならないもの)

明治末期に一度途絶えかけた「縞貫」という名の野良着が、民藝運動の柳宗悦により発見・命名され「丹波布」として復興した歴史と、その復興自体が象徴する「一度失われかけたものを取り戻す」物語が失われる

いま直面している問題

後継者不足、手紡ぎ・手織りという工程の多さによる生産量の限界、原料(綿花)の国内調達

出典

産地|兵庫県丹波市青垣町佐治(兵庫県) 世界の対比先|欧州

English: Tamba-nuno (Tamba cloth)(Tamba-nuno is a hand-spun, hand-woven cotton-and-silk cloth from a farming village in Hyogo, rediscovered and named by mingei movement founder Soetsu Yanagi in the 1950s after nearly vanishing.)