日本の生業と、世界の似たサービス > 鬼師(淡路鬼瓦)
鬼師(淡路鬼瓦)世界の似たサービス ─ 欧州のガーゴイル・グロテスク彫刻職人(石造建築の魔除け彫刻師)
起源は約1300年前(藤原京時代)とされ、本格的な瓦産業は江戸初期(1613年、洲本城築城時)
共通の目的建物の屋根や軒先に魔除け・守護の彫刻を据え、建物を悪霊や災いから守る
やり方が、どう違うのか
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、
世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=中国・韓国の鴟尾・鬼瓦(屋根飾り瓦の文化圏。技術系統としては近い)
なぜ違いが生まれたのか
日本は木造建築中心で軽い粘土瓦が屋根材として発達し、欧州は石造建築中心で石そのものを彫刻する技術が発達した
五感で味わう価値・職人のこだわり
- 出会える舞台・空間|南あわじ市津井の鬼瓦製造会社タツミは工場見学やワークショップを開いており、鬼師の仕事に直接触れられる。江戸時代には民家の棟飾りにも鬼瓦が使われるようになり、家庭円満を祈り、火災や疫病から家を守るために屋根の上から睨みをきかせてきた。淡路島内には現在約70軒の瓦製造業者があり、いぶし瓦の生産量では全国一を争う産地になっている。
- 五感|旧西淡地区の原料土は、さくい土と粘い土を調合し、何度もこねあげて使い勝手のよい土に仕上げる。鬼師はこの粘土の土台に何度も盛り土を重ね、金ベラ・木ベラや指先を使って鬼面・古代鬼面から経の巻、露盤、唐獅子や鯱まで、数日かけて意匠ごとに彫り上げる。乾燥に半月から、大きなものは3ヶ月をかけ、1000度以上の高温で焼き締めたのち、鉄分を豊富に含む淡路島の土を燻化させることで、淡路瓦特有の銀色に冴えたいぶしの光沢が生まれる。
- 異常なこだわり|「一に土、二に窯、三に細工」と言われるほど土の質が仕上がりを左右するとされ、鬼師は土に向き合う前にまず図面を書き、粘土の収縮率まで踏まえて寸法を決める。乾燥だけで半月、大きな鬼瓦なら3ヶ月をかけて焦らずゆっくり乾かし、昔ながらの技を受け継ぎながらも現代の新しい感性を取り入れる姿勢を持ち続けている。全国でも数少なくなったこの職人を、業界では「土を知る仕事」と呼ぶ。
- 外国人の驚き|鬼瓦には寺の山門の仁王像と同じ「阿吽」の対があり、「阿」は口を開いて発する誕生の声、「吽」は口を閉じて発する悟りの声とされ、屋根に据える向きにも中国の陰陽説に基づく決まりがあるという。般若面やおかめ、恵比寿・大黒、桃の実や宝珠なども、鬼以外の姿の瓦として棟に飾られ、現世利益への願いが込められてきたことにも驚かされる。
- 豆知識|淡路瓦は1610年(慶長15年)、淡路島の領主となった池田忠雄が播州瓦の名工・清水理兵衛を招いて瓦を焼かせたのが始まりとされる。中心地の南あわじ市津井地区へは、20年ほど後の寛永年間に法華宗の援助で伝わったという。鬼瓦はもともと社寺を守る守護神として飾られる装飾瓦で、必ずしも鬼の顔とは限らなかったが、室町時代の初めごろに鬼面の意匠へと定着した。淡路瓦工業組合は、この歴史を紹介するムービーも作成している。
もし消えたら、何が失われるのか
| 事業者数(現在) | 確認できていない |
|---|
| 事業者数(ピーク時) | —(未確認) |
|---|
| ピークの年 | ─ |
|---|
| 統計の基準年 | ─ |
|---|
| 後継者不足度 | ★★★★☆ |
|---|
| 統計の出典URL | ─ |
|---|
失われるもの(数字にならないもの)
約1300年前の藤原京時代にさかのぼるとされる歴史と、日本三大瓦産地の一つとして培われた「鬼師」の一点一点手作りの造形技術が失われる
いま直面している問題
瓦屋根そのものの新築需要減少、鬼瓦という専門技術を持つ「鬼師」の高齢化
出典
産地|兵庫県南あわじ市津井地区(淡路島)(兵庫県) 世界の対比先|欧州
English: Oni-shi (Awaji onigawara / demon roof-tile sculptor)(On Awaji Island, oni-shi craftsmen hand-sculpt clay demon-face ridge tiles fired in the smoked "ibushi" style, a guardian ornament for temple and shrine roofs.)