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火箸職人(明珍火箸)世界の似たサービス ─ 西洋のウィンドチャイム職人(風鈴・チャイム製作者)
平安末期より甲冑師の系譜を持つ明珍家が、明治時代に甲冑鍛冶の技術を生かして火箸を製作したのが始まり。1965年に52代明珍宗理が火箸風鈴を考案した
共通の目的金属を打ち鍛えて、澄んだ音色を響かせる道具を作る
やり方が、どう違うのか
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、
世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=スイス・イギリスの鍛冶ベルメーカー(鍛造技術を音響製品に転用する発想が近い参考比較)
なぜ違いが生まれたのか
明珍家は甲冑師という「打って鍛える」金属技術を持っていたため、実用需要が消えた火箸を鍛造のまま音響製品に転用できた。西洋のチャイムは教会の鐘文化の延長で、はじめから「音を作る」目的の管材加工として発達した
五感で味わう価値・職人のこだわり
- 出会える舞台・空間|明珍火箸を今に伝えるのは、姫路市伊伝居上ノ町にある明珍本舗(明珍家)。姫路城の平成の大修理で使われた釘づくりにも携わった53代目当主・明珍宗敬さんが、平安時代から53代続く甲冑師の家系を継ぎ、鍛冶場で火箸と火箸風鈴を打ち続けている。宗敬さんの弟は刀匠・明珍宗裕として刀工の道に進んでおり、同じ一族から異なる金属工芸の担い手が育っている。
- 五感|火箸を打つ炉は約1100度に達し、真っ赤に焼けた玉鋼を目視で焼き加減を見極めながら、体に染みついた力加減でひと息に打ち込んでいく。完成した火箸同士を触れ合わせると、触れ合った瞬間の強い音と幅の広い余韻がともに響き渡り、明珍本舗はこの二つを併せ持つ生音源は他にないとうたう。その音を生かした4本組の火箸風鈴やドアチャイムにも仕立てられ、長さや太さ、形の揃った火箸に仕上がるまでには3年、特有の澄んだ音が出るようになるまでには5年かかるという。チタン製の火箸風鈴も手がけており、玉鋼製と比べると軽く、高く澄んだ音色になるという違いも聞き比べられる。
- 異常なこだわり|53代目当主の明珍宗敬さんは1976年姫路市生まれ、東洋大学を中退して父・52代目宗理さんに弟子入りし、22歳から修行を始めた。均一な火箸を作れるようになるまでに3年、特有の澄んだ音が出るまでに5年、技の確かな手応えをつかむまでに10年を要するといい、日本刀の原料としても知られる希少な玉鋼のほか、新素材のチタンを使った製品づくりにも挑戦している。宗敬さんは「親父やご先祖さまに納得してもらえる音が出せているか」と自らに問いかけながら一本一本を仕上げており、明珍本舗は「新素材や古来の玉鋼を使ったものづくりにも挑戦しています」と、伝統素材と現代素材の両方を扱いながら技を更新し続けている。
- 外国人の驚き|もとは甲冑師だった一族が、鎧や兜ではなく火箸を打つようになり、その音色を風鈴やチャイムに変えて今に伝えているという転身の経緯に外国人は驚くという。約1100度の炉で焼いた玉鋼を目と体の感覚だけで見極め、ひと息に打ち込んで仕上げる工程も、機械に頼らない鍛冶の技として意外に映るとされる。宗敬さんは米国の大学に招かれ火箸鍛冶を実演したこともあり、日本刀と同じ玉鋼から生まれる澄んだ音は海外でも注目されている。完成した火箸や火箸風鈴が実用品の枠を超えて楽器としても幅広く使われている点も、道具と楽器の境界があいまいな日本らしさとして意外に受け止められるという。
- 豆知識|明珍家は平安時代から続く甲冑師の家系で、12世紀半ばに近衛天皇からその技を賞賛され「明珍」の姓を賜ったと伝わる。江戸時代には姫路藩の甲冑職人となり、明治時代の廃藩置県で甲冑の需要がなくなると、千利休のために火箸を作ったという故事にならって火箸づくりへと転じた。昭和40年(1965)に52代目の明珍宗理さんが「火箸を風鈴にしよう」と考案した「明珍火箸風鈴」がその後の看板商品になり、平成5年(1993年)3月19日に兵庫県の伝統的工芸品に指定された。53代目・明珍宗敬さんへの襲名時期は、明珍本舗の公式サイトでは令和3年3月、神戸新聞の記事では2021年4月1日と、資料によって月がずれている。
もし消えたら、何が失われるのか
| 事業者数(現在) | —(未確認) |
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| 事業者数(ピーク時) | —(未確認) |
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| ピークの年 | ─ |
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| 統計の基準年 | ─ |
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| 後継者不足度 | ★★★★☆ |
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| 統計の出典URL | ─ |
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失われるもの(数字にならないもの)
平安末期から続く甲冑鍛冶の技術系譜と、鍛造ならではの澄んだ余韻を持つ音色が失われる
いま直面している問題
実用の火箸としての需要消滅、後継者が明珍家の家系継承に依存している集中リスク
出典
産地|兵庫県姫路市(兵庫県) 世界の対比先|欧州
English: Myochin hibashi (Myochin fire tong wind chime)(A Myochin craftsman forges fire tongs using techniques passed down from a Heian-era armor-making lineage, and tunes sets of four into wind chimes prized for their clear, lingering tone.)