日本の生業と、世界の似たサービス > 手織物職人(鹿島錦)
江戸時代、鹿島鍋島藩9代藩主夫人が着想を得たのが始まりと伝えられ、明治時代の日英博覧会で高く評価された
| 日本|手織物職人(鹿島錦) | 世界|フランス・リュネヴィルの金属糸刺繍職人(金銀糸を用いた豪奢な刺繍・織りで、宮廷・儀礼用の高級小物を仕立てる伝統) | |
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| アプローチ | 金・銀・漆を貼った特製の和紙を細かく裁断した「紙縒り(こより)」を経糸に、染色した本絹の撚り糸を緯糸に用いる。紙が経糸の役割を果たす技法は、佐賀錦の分野を除いて国内外に類例が見当たらないとされる稀少な技法で、手織り機を使っても一日にわずか1〜2センチしか織れないほどの手間を要する | リュネヴィルの職人が、細い金属糸(ゴールドワーク)を使い、宮廷・教会向けの豪奢な刺繍や織り込みを施した儀礼用の布・小物を仕立てる |
| 使う道具(日本側) | 手織り機、紙裁断用の道具 | |
| 使う素材(日本側) | 金銀漆を貼った和紙(紙縒り)、本絹の撚り糸 | |
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=フランス・リュネヴィルの金属糸刺繍(ゴールドワーク)職人。金銀を使った特別な糸で宮廷・儀礼用の高級小物を仕立てる点が共通するが、リュネヴィルは金属糸そのものを、鹿島錦は金銀を貼った和紙の紙縒りを使う点で素材が異なる
江戸時代、鹿島鍋島藩9代藩主夫人が天井の網代模様から着想を得て、側近が印籠を作り差し出したのが始まりと伝えられる。明治時代にイギリスで開催された日英博覧会で絶賛され、現在でも日本の手織りの極致として海外でも評価されているとされる。金・銀・漆を貼った和紙を糸として使うという発想は、金属糸そのものを用いるヨーロッパのゴールドワーク刺繍とは異なる、和紙という日本独自の素材を通じた「金銀の光沢」の表現方法である。
| 事業者数(現在) | —(未確認) |
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| 事業者数(ピーク時) | —(未確認) |
| ピークの年 | —(未確認) |
| 統計の基準年 | —(未確認) |
| 後継者不足度 | ★★★★☆ |
| 統計の出典URL | —(未確認) |
紙を経糸として使うという、国内外を通じて佐賀錦の分野以外に類例が見当たらないとされる稀少な技法と、一日でわずか1〜2センチしか織れない手間の結晶。
紙縒りを作る工程を含めた極端な工数の多さ、織り手の高齢化、後継者不足
English: Kashima Nishiki (Kashima Brocade)(A Kashima Nishiki weaver uses gold- and silver-leafed paper cut into narrow threads as the warp—a technique found nowhere else in Japan or abroad outside the Saga Nishiki family—producing barely one to two centimeters of cloth per day.)