日本の生業と、世界の似たサービス > 手漉き和紙職人(名尾手漉和紙)
江戸時代中期に佐賀市大和町名尾地区で始まったとされ、農民・納富由助が製法を村民に伝えたのが起源とされる
| 日本|手漉き和紙職人(名尾手漉和紙) | 世界|イタリア・ファブリアーノの手漉き紙職人(中世から続く製紙町で、特定の製法・材料への強いこだわりを守り続ける) | |
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| アプローチ | 楮(こうぞ)の原種である「梶(かじ)」を原料に使う点が最大の特徴で、この梶の原種は佐賀市大和町名尾地区の半径3km圏内にのみ残るとされる特別な植物である。梶は繊維が長く、漉く過程で繊維同士が絡みつくため破れにくく頑丈な紙になり、なかでも提灯紙は油の吸収性が良く絵筆が滑らかに走ることから「名尾の提灯紙」として高く評価されてきた | ファブリアーノの職人が、麻・綿等の繊維を原料に、透かし(ウォーターマーク)技術等を用いた高品質な手漉き紙を作る |
| 使う道具(日本側) | 漉き桁(すきげた)、漉き簀(すきす)、叩解(こうかい)用の道具 | |
| 使う素材(日本側) | 梶(かじ、楮の原種。名尾地区半径3km圏内にのみ自生するとされる) | |
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=イタリア・ファブリアーノの手漉き紙職人。中世から続く製紙の伝統と、特定の材料・製法への強いこだわりを守り続ける姿勢が、名尾の梶へのこだわりと重なる
名尾手漉和紙は江戸時代中期、佐賀市大和町名尾地区で誕生したとされる。農民の納富由助が筑後溝口村で僧から製紙の教えを受け、農家の副業として村民に伝えたのが始まりとされる。最盛期には100軒を超える工房が軒を連ねたが、1960年代以降は洋紙の普及等で需要が急速に落ち込み廃業が相次いだ。現在は名尾手すき和紙株式会社のみが伝統を守り続ける唯一の手漉き和紙工房となっている。半径3km圏内にのみ自生する梶という原料の希少性は、特定の水源・製法にこだわり続けるファブリアーノの製紙職人の姿勢と重なる。
| 事業者数(現在) | 確認できていない |
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| 事業者数(ピーク時) | 確認できていない |
| ピークの年 | —(未確認) |
| 統計の基準年 | —(未確認) |
| 後継者不足度 | ★★★★★ |
| 統計の出典URL | —(未確認) |
半径3km圏内にしか残っていないとされる梶という原料そのものと、最盛期100軒超から現在は1社のみという極限まで縮小した産地の記憶。
最盛期100軒超から実質1社のみへの急減、原料となる梶の自家栽培・確保、後継者不足
産地|佐賀県佐賀市大和町名尾地区(佐賀県) 世界の対比先|欧州
English: Nao Tesuki-Washi (Nao Handmade Paper)(A Nao tesuki-washi papermaker uses kaji, a wild paper-mulberry relative found only within a 3km radius of this Saga hamlet, in a craft that has shrunk from more than 100 workshops at its peak to essentially a single surviving papermaker.)