日本の生業と、世界の似たサービス > 陶芸家・窯元(会津本郷焼)
1593年、蒲生氏郷が播磨から瓦工を招いたのが始まりとされる。1800年(寛政12年)に白磁の製法が開発された
| 日本|陶芸家・窯元(会津本郷焼) | 世界|ヨーロッパの磁器工房(マイセン、ドイツ) | |
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| アプローチ | 同じ産地で陶器(あめ釉・自然灰釉を使った素朴な風合い)と磁器(呉須による染付や和洋絵の具による彩画)の両方を焼くという、産地としては珍しい体制をとる。陶祖・水野源左衛門(1647年)と磁祖・佐藤伊兵衛(1800年)がともに陶祖廟に祀られている | マイセン等の欧州磁器工房は、宮廷の庇護のもと単一の王立製陶所に技術者を集約し、磁器のみを統一されたブランドのもとで製造する |
| 使う道具(日本側) | 轆轤、筆(呉須用・上絵用)、窯道具 | |
| 使う素材(日本側) | 陶土、磁土、あめ釉・自然灰釉、呉須(コバルト顔料) | |
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=景徳鎮の陶工(中国。一つの産地で多様な技法・釉薬が併存する点で構造が近い)
1593年、会津若松城主・蒲生氏郷が城の改修のため播磨国(兵庫県)から瓦工を招いて瓦を焼かせたのが始まりとされ、その後会津松平藩祖・保科正之の御用窯として発展した。1800年(寛政12年)に白磁の製法が開発されたことで陶器と磁器の両方を焼く珍しい産地となった。欧州は磁器の製法が長く不明で、1710年にマイセンが独自の白磁焼成に成功するまで技術開発を要した
| 事業者数(現在) | 12軒 |
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| 事業者数(ピーク時) | 100軒超 |
| ピークの年 | 明治中期〜大正初期 |
| 統計の基準年 | 2025年2月19日 |
| 後継者不足度 | ★★★★★ |
| 統計の出典URL | https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000157431.html |
東北最古とされる窯場が、陶器と磁器という2つの異なる技術系譜を同じ産地の中で並立させてきた稀な体制と、明治中期〜大正初期に欧米へ輸出された国際的な評価の記憶
明治中期〜大正初期の100軒超から現在12軒への大幅な減少、戊辰戦争・大正5年の大火による産地の被災の歴史、後継者不足
産地|福島県会津美里町(本郷地区)(福島県) 世界の対比先|欧州
English: Aizu-Hongo ware (Tohoku's oldest kiln town, both earthenware and porcelain)(Aizu-Hongo ware comes from what is said to be Tohoku's oldest kiln town, unusual for firing both amber-glazed earthenware and cobalt-painted porcelain side by side since 1800.)