日本の生業と、世界の似たサービス > 木目込人形師(江戸木目込人形)
江戸中期に京都で始まった技法が、戦時の疎開により職人が岩槻へ移り住んだことで地場産業として定着したとされる。伝統的工芸品としては昭和53年(1978年)に指定された
| 日本|木目込人形師(江戸木目込人形) | 世界|ドイツの木彫り人形職人(エルツ地方のくるみ割り人形・天使人形等) | |
|---|---|---|
| アプローチ | 桐の粉と正麩糊を練った「桐塑」で人形の体を成形し、体に筋状の溝を彫って、その溝に生地の端をへらで「木目込む」ことで衣装を着せたように見せる。縫わずに衣装を表現する点が特徴 | 木を彫刻して人形の輪郭を作り、彩色で衣装の模様を描き込む。布地を別に仕立てて着せるか、彩色で衣装を表現し、生地を溝に押し込む技法は一般的でない |
| 使う道具(日本側) | へら、小刀、糊、彩色用の筆 | |
| 使う素材(日本側) | 桐塑(桐の粉+正麩糊)または木、正絹等の生地 | |
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=フランスの陶製人形(ビスクドール)職人(顔・体を型で成形し衣装を別仕立てする発想が近い参考比較)
江戸木目込人形は京都・上賀茂神社の職人が神事に使う道具の余材で人形を作ったのが起源とされ、縫製の手間を省きながら衣装の質感を出す発想が生まれた。ヨーロッパの木彫り人形は彫刻そのものの精密さで衣装の襞まで表現する方向に発達し、別素材を「押し込む」発想は薄い
| 事業者数(現在) | —(未確認) |
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| 事業者数(ピーク時) | —(未確認) |
| ピークの年 | —(未確認) |
| 統計の基準年 | ─ |
| 後継者不足度 | ★★★☆☆ |
| 統計の出典URL | ─ |
縫わずに衣装を表現する木目込みという独自技法と、埼玉・岩槻に集積した人形の町の産業基盤が失われる
少子化による節句人形需要の縮小、住宅事情による大型人形離れ、後継者不足
産地|埼玉県さいたま市(岩槻区)(埼玉県) 世界の対比先|欧州
English: Edo kimekomi ningyo (Edo tucked-fabric doll)(An Edo kimekomi doll maker carves grooves into a clay-and-wood body and tucks the edges of fabric into them with a spatula, dressing the doll without a single stitch.)