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硯職人(赤間硯)世界の似たサービス ─ ウェールズ・イギリスのスレート職人(粘板岩の石材加工職人)
1191年に源頼朝が鶴岡八幡宮に赤間硯を奉納したという伝承があり、12世紀末には生産が始まっていたとされる。鎌倉時代からの歴史を持つ
共通の目的石を薄く加工し、道具や生活用品として使う
やり方が、どう違うのか
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、
世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=中国・端渓硯の硯職人(石の斑紋を意匠として活かす発想が近い参考比較)
なぜ違いが生まれたのか
日本は書道文化が発達し、墨を美しくすりおろすための石質・造形の工夫が硯という専門工芸品を生んだ。ヨーロッパのスレートは屋根材・建材としての大量利用が中心で、実用一辺倒の加工にとどまった
五感で味わう価値・職人のこだわり
- 出会える舞台・空間|山口県宇部市の山あいには『赤間硯の里』と呼ばれる産地があり、背後には原石がそのまま山をなす『紅石山』が広がっている。見学には事前予約が必要で、営業時間は9時から17時までとされ、近くの万倉ふれあいセンターでも硯づくりを体験できる。18世紀に採石の中心が下関から宇部市へ移って以来、宇部市と下関市の2市が今も産地となっており、山口県赤間硯生産協同組合が窓口を務めている。
- 五感|赤間石の表面には『鋒鋩(ほうぼう)』と呼ばれる微細なやすり目がみっしりと立っており、これが墨をなめらかに、かつ濃く磨り下ろす決め手になる。石には『石眼』と呼ばれる生き物の目のような丸い斑紋が浮かぶこともあり、赤みを帯びた色合いは一つとして同じものがない。硯の裏面には『赤間関』『赤間関住』といった産地銘が刻まれ、使い手の手のひらに石の重みと、彫り込まれた模様の凹凸が伝わってくる。堀尾信夫さんの作品は、石でありながら柔らかさや温もりを感じさせる『面』と『線』を生かした造形で知られ、固く緻密でありながら粘りのある石質が繊細な彫刻を支えている。
- 異常なこだわり|赤間石の採掘は、火薬やピックハンマーを使って坑道に入る危険を伴う作業から始まる。採った石の選別、形作り、じぎり、縁立て、粗彫りから仕上げ彫り、粗磨きから仕上げ磨き、漆を使った最後の仕上げまで、十数の工程を一人の職人がすべて手掛けるのが赤間硯の特徴で、この技術を一通り身につけるには普通10年ほどかかるとされる。江戸時代には赤間や厚狭に多くの職人が集まり生産のピークを迎え、明治には宇部市西万倉岩倉地区でも新たに硯づくりが始まったが、今では作り手の数を指折り数えられるほどにまで減っており、それでも一人が担う工程の幅そのものは今も変わっていない。
- 外国人の驚き|採石にダイヤモンドカッターだけでなく火薬まで使うほど、硯の石を掘り出すこと自体が危険を伴う作業になっていること。ピックハンマーから清のみ、目立て石まで、工程ごとに専用の道具をそろえて一人の職人がすべてをこなす点にも驚かれる。硯一つを彫れるようになるまでに、普通10年ほどかかるという修業年数の長さにも驚く人が多いといい、江戸時代から続く生産地が今も宇部市と下関市の2市だけに残っている点にも、産地の狭さとして意外性を強く感じる人がいるという。
- 豆知識|赤間硯は建久2年、あるいは1192年に源頼朝が鶴岡八幡宮に奉納したと伝わり、室町時代には『紫硯』と呼ばれ、1417年に大内盛見が朝鮮への献上品としたことが『朝鮮王朝実録』に記されている。古くから下関市で作られ、明治時代には宇部市西万倉岩倉地区でも硯づくりが始まった。江戸時代には吉田松陰をはじめ幕末の志士たちにも愛用され、昭和51年(1976)に国の伝統的工芸品に指定された。戦後は堀尾卓司、その次男の堀尾信夫といった作り手が技術を引き継ぎ、近年の山口伝統工芸展でも、中村一姫さんの赤間関硯が朝日新聞社奨励賞を、髙原祐二さんの赤間関硯が朝日新聞社賞をそれぞれ受けており、産地は今もこうした現役の発表の場を持ち続けている。
もし消えたら、何が失われるのか
| 事業者数(現在) | —(未確認) |
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| 事業者数(ピーク時) | —(未確認) |
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| ピークの年 | —(未確認) |
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| 統計の基準年 | ─ |
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| 後継者不足度 | ★★★★☆ |
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| 統計の出典URL | ─ |
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失われるもの(数字にならないもの)
鎌倉時代から続くとされる硯石の産地としての歴史と、石眼という石の個性を活かす彫刻の技術が失われる
いま直面している問題
採石権が地元住民に限られることによる後継者確保の制約、書道人口の減少
出典
産地|山口県宇部市・下関市(山口県) 世界の対比先|欧州
English: Akama suzuri (Akama inkstone)(An Akama craftsman carves a reddish shale stone into an inkstone, shaping a shallow well to catch the ink ground from a solid inkstick against its fine-grained surface.)