日本の生業と、世界の似たサービス > 漆器職人(紀州漆器)
室町時代初期(1400年頃)、近江から移住した木地師たちが紀州の豊富な木材を用いて渋地椀を作り始めたのが起源とされる。前身とされる「根来塗」は根来寺の僧が什器を自ら作ったことに由来するという説もある
| 日本|漆器職人(紀州漆器) | 世界|ヨーロッパの「ジャパニング」職人(17〜18世紀、東洋の漆器を模してニスや樹脂で家具・調度品を塗り上げた技法の系譜) | |
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| アプローチ | 木地に生漆を摺り込み黒漆・朱漆を塗り重ねる「渋地椀」から出発し、庶民の日用食器として大量生産される実用漆器の産地として発達した | ヨーロッパの職人が、東洋から輸入される漆器に憧れつつ本物の漆(ウルシオール系樹液)が手に入らないため、シェラックやニス等の代替材料で家具・小物を「漆器風」に塗り上げた |
| 使う道具(日本側) | 漆刷毛、へら、研ぎ炭、ろくろ(椀木地の成形) | |
| 使う素材(日本側) | 漆、木地(欅・栃等)、渋下地 | |
⚠ 「使う道具」「使う素材」は日本側のみ調べています(世界側は同じ条件で確かめられていないため、 世界側の比較値は作っていません)。
もうひとつの世界の対比例=タイ・ミャンマー等の東南アジア漆器(気候的に漆の木が自生し、竹編み素地に朱漆を塗る「東洋の漆文化圏」の一員)
紀州は室町時代初期(1400年頃)に近江から移住した木地師が紀州の豊富な木材を背景に日用漆器を発達させた。ヨーロッパは漆の木(ウルシ)が育たない気候のため本物の漆を入手できず、代替樹脂での模倣技法「ジャパニング」を独自に発達させた。「漆の木が育つ風土か否か」が技術の分岐点になった点で対比が成立する
| 事業者数(現在) | 確認できていない |
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| 事業者数(ピーク時) | —(未確認) |
| ピークの年 | —(未確認) |
| 統計の基準年 | ─ |
| 後継者不足度 | ★★★★☆ |
| 統計の出典URL | ─ |
室町初期から続く「庶民に愛された実用の漆器」という紀州漆器の性格と、根来寺の僧が使い込むほど朱がすり減り黒が浮き出た「根来塗」の美意識
安価なプラスチック製・ウレタン塗装の「漆器風」食器との価格競争、後継者不足
産地|和歌山県海南市(黒江地区)(和歌山県) 世界の対比先|欧州
English: Kishu lacquerware (Kishu shikki)(A Kishu lacquerware maker builds up layers of black and vermilion lacquer over wood, in a tradition of everyday practical tableware for ordinary households rather than luxury display pieces.)